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『私は男でフェミニストです』プロローグ

韓国の男子高校で教える著者が、学び、実践してきたフェミニズムとは?
2018年に刊行後、韓国各紙で話題になり、「幸せな朝の読書推薦図書」や「今年の青少年教養図書」にも選定された『私は男でフェミニストです』より、プロローグ全文を紹介します。

男がフェミニストだって?

 二一歳(☆1 日本の数え方であれば二〇歳。韓国では数え年が一般的。以下同様に、原文通りの年齢を記す)のときだった。大学内のフェミニズム研究会で学んでいた後輩男子に尋ねた。
 「男なのに何のためにフェミニズムの勉強をしているの?」
 私の質問ににっこり笑いながら答えた彼の表情、声、まわりの風景がいまでも鮮明によみがえる。衝撃的だった。
 「男だからよくわからないんです、学ばないと」

 三五歳の私に、ほかの男たちが尋ねる。
 「男なのにフェミニストだって? 男のくせになんで女の肩を持つの?」フェミニズムを知っている人や勉強したことがある人も遠慮がちに尋ねる。「男はフェミニストとして限界があるのでは?」
 はじめて出版依頼を受けたとき、私も同じようなことを言った。「私がですか? 男がフェミニズムの本なんか出せませんよ」 


 *

 小さいころ、あまり幸せではなかった。着せ替え紙人形の洋服を作ることが好きだったが、「女の子みたい」に遊んでいると大人たちによく怒られた。コンギ遊び(☆2 小石五つを投げたり拾ったりする昔ながらの遊びで、現在はプラスチック製のおもちゃも販売されている。主に女の子の遊びとされている)やゴム跳びが楽しかったが、まわりの子たちにいじられて、つづける勇気を持てなかった。事あるごとに泣いたりしていたが、男は生涯で三度しか泣いてはいけないと言われ、むせびながらも涙をこらえた。男の子のくせにおしゃべりだと叱られ、息子のくせに家で本ばかり読んでいると心配された。

 女の子をうらやましいと思うこともあったが、私は積極的に「男になる」努力をした。グラウンドに出てサッカーをしたり、友人らとAVを見たり、何度かケンカをしたり、わざと大きな声で悪態をついたりもした。同じ年頃の集団で認められることは、蜜の味だった。

 大人になっても同じような状況がつづいた。どこに行っても軍隊での経験や力自慢、下ネタが欠かせなかった。大学では先輩男子に、任用された学校では男性教員に、あちこちお酒の席に連れていかれた。酔わないと本音での会話が交わせず、虚心坦懐な関係が築けないと思っている人びと。彼らはふだんから初対面で年齢を聞き、兄―弟、先輩―後輩とまずはお互いの上下関係を確認し、やっと胸襟を開いて相手と向き合った。目上の人に会うと口と手足を忙しく動かし、目下の人に会うと急いで財布を取り出した。女性にとってその人生は想定外かもしれないが、結局ああいうふうになってしまう男の人生も想定内ではないはずだ。男はなぜそうなのだろう。いつも疑問だった。

 フェミニズムに出会ってから少しずつ、その疑問が解けはじめた。帝国男性に打ち砕かれた自尊心を女性への搾取で取り戻そうとする植民地男性の特徴を学んだことで、強者に弱く、弱者に強い「アジェ(☆3 もともと「おじ」を意味するが、現在では親戚以外の中年男性の呼称として、やわらかさと軽さを帯びた「おっさん」に近いニュアンスで使われる)」らの習性を理解できるようになった。ほかの男に認められてこそ「本物の男」になるという、ホモソーシャルの概念を学び、男たちが「他人から見て恥ずかしくない」外見の恋人を作るためにじたばたもがく理由がわかった。家族全員をひとりの男性労働者が扶養する男性稼ぎ主モデルを知り、家族のために一生を捧げたのに退職したあとは置物あつかいされているという笑い話の別の側面に触れることができた。暴力と効率で要約される軍隊文化が韓国経済の高速成長を駆りたてたという説を知り、「軍隊には二度と行きたくないが、軍隊に行かないと本物の大人にはなれない」という矛盾をはらんだことばが腑に落ちた。男性性について抱いていた疑問をフェミニズムが解決してくれ、そのおかげで自分の姿とありのまま向き合うことができた。フェミニズムは男性の人生ともかかわりが深く、女性と同じように男性をも自由にさせてくれる。

 


 私は男子高等学校の教師である。私の職場の半径二〇〇メートル内には、すぐにでも男性ホルモンで爆発しそうな完全なる「雄」八〇〇人が生息している。教室では、悪たれ口を叩き、力自慢に余念がないが、そこに悪意はない。なぜそんな行為をするのかと聞くと「とくに理由はない」という答えがいちばん多く、以下「面白いから」「強く見えるから」の順である。一生を通して性欲がもっとも充満している時期といわれるが、何の脈絡もなく「セックス!」と叫ぶやつもいる。しごく自然な欲望だが、ああいうかたちで出てくるのは残念である。いまも多くの教室に「勉強時間を一〇分増やせば、将来の妻の顔が変わる」といった、女性を成功の見返りのようにあつかう級訓が掲げられている。これでいいのだろうか。

 いまの高校生は第四次産業革命時代を生きる新人類(☆4 イギリスの『エコノミスト』では「フォノ・サピエンス」と紹介され、韓国ではそれを受け、「スマート新人類」などと名づけられた。幼いときからスマートフォンなどに接し、それを手放すことができず、消費を含む行動様式においてスマホの影響を大きく受ける一〇代の若者を指す)と言われているが、男子生徒が男性性を表す方法は「アジェ」や「ハルベ(☆5 「おじいさん」を意味する江原、慶尚地方の方言。最近では、年寄りで保守的な価値観を持つ男性を表すときに用いる)」と変わらない。ほかの男子生徒を暴力的にあつかうか、女性を性的に対象化するか、そのどちらかである。教室ではどこで習ったかわからない低俗な単語や「食った」ということばが随時、耳に入ってくる。生徒たちは男性性の本質が荒っぽい行動や低俗なことばに宿っているかのように「雄らしさ」を競い、見せびらかす。そのなかでは過去の私のように内向的な男子生徒、おしゃべりな男子生徒、涙もろい男子生徒は非正常な男としてあつかわれる。

 男は金、女は外見という大人たちの間違った価値観は一〇代にも広く行き渡っている。デートの費用は男性が支払い、女性は愛嬌をふりまくべきだと考えている生徒がいまも大勢いる。しかし、これは生徒たちの過ちではない。教育部(☆6 学校教育や学術研究などの方針を定め、これらの計画を立て、管掌する中央行政機関。日本の文部科学省に相当する)が去る二年間、六億ウォン(約六〇〇〇万円)をかけて制作し、二〇一五年三月に配布した「国家水準の学校性教育標準案」には「デート費用をより多く使うことになる男性の立場では、女性にそれに見合ったお返しを求めるに違いない。その過程で望まないデートDVが発生することもある」との暴言が掲載されている。ジェンダー平等意識を育てるはおろか、性暴力や性役割について歪曲された通念を助長する指針である。生徒たちはちょうどその程度のレベルに過ぎない既成世代(☆7 社会の各分野で活躍する、ある程度年を取った世代。主に「若者」と対になる「大人」という意味合いで使われている)の人権意識をそのまま学習したまでである。

 ゲームのなかで、男戦士は立派な鎧を着て勇敢に戦うが、女戦士は胸が半分は露わになった服装で男戦士を癒す。一〇代の青少年の四人中ひとりが、一人放送(☆8 アフリカTVなどのオンラインネット放送。ユーチューブと異なり、生放送が主流。視聴しながら課金できるシステムを採用しており、課金目的に過激な発言がされることも多く、問題となっている)を見ているというが*1、そこに登場する多くのBJ(☆9 Broadcasting Jockey の略語。一人放送の話し手)は女性のことを性欲のはけ口程度にしか描写しない。「一度もできずに死ぬのは悔しい。戦争が起きたら、〇〇女子高校に真っ先に攻め入ろう」という生徒たちの発言は、このような複合的な環境の産物である。だから、このような環境を作り、性に関する誤った認識を受け継がせてしまった私たち自身が反省しなければならない。自分自身からもう一度、見なおす努力をしなければならない。

 二〇一七年はフェミニズムの年だった。五〇万部以上売れたという『82年生まれ、キム・ジヨン(☆10 二〇一六年に刊行されたチョ・ナムジュの小説。二〇二一年一〇月現在、一三六万部を突破、日本版も二三万部以上のベストセラーとなった)』を筆頭に、フェミニズム図書が無数に出版され、読まれた。書店では一年を通してフェミニズムが社会科学分野の上位を占める珍風景が見られた。テレビでは『ギスギス男女』『熱いサイダー』『ボディアクチュアリー』のようなフェミニズムを真正面からあつかった教養・バラエティ番組が生まれ、『差異のあるクラス』『言うがままに』のような一般的な情報・時事番組においてもフェミニズムの主要理論や懸案について相当な比重で紹介した。オンラインで起こった「#〇〇界_内_性暴力」のハッシュタグ運動は、隠蔽されてきた各業界の不条理や矛盾を暴露した。デジタル性暴力に立ち向かい、「ソラネット(☆11 Sora.net のこと。韓国の放送通信審議委員会が規定した不法・有害サイト。当初はユーザーが書いた官能小説などが掲載されたが、次第に女性の裸や性交の盗撮動画などが掲載されるようになった。会員は約一〇〇万人いたといわれる)」を閉鎖させ、それまで表立って議論されなかった生理用ナプキンや堕胎罪の問題を公の場に持ち込んだ。

 韓国だけでの現象ではなかった。米国では、性犯罪を告発する#MeToo 運動が活発になった。有名な俳優をはじめ、映画製作者、企業の最高経営者、同僚の国会議員などからわいせつな行為を受けたとの告白が相次いだ。女性たちの勇気ある連帯が芸能界、芸術界、政治界、経済界に広がり、国全体がひっくり返った。米国の週刊誌『タイム』はこの運動に賛同した「沈黙を破った人びと」(The Silence Breakers)を二〇一七年の顔として選び、多くの人びとの検索の力のおかげで、米国でオンライン辞典を出版するメリアム・ウェブスター(Merriam-Webster)は、二〇一七年の「今年のキーワード」として、フェミニズムを選定した。

 世界が変わりはじめている。フェミニズムは、より多くの人びとに普遍的人権を保障してきた歴史の流れに乗っている。掌で空を覆うことができないように、この流れは簡単に防げたり、見て見ぬふりをしたりして対抗できる類のものではない。「キムチ女(☆12 男性を条件で選び、ブランド品などの消費に積極的でありながら、デートで割り勘をしないなどを理由に、男性が若い女性を非難したり蔑んだりする際に用いられる)」にならないためにみずからを検閲してきた女性たちが、いまではそれを拒否している。にもかかわらず、男性たちは自分が「韓男虫(☆13 マナーが悪く暴力的で、家事育児に興味がなく家父長制に頼って生きる男性を非難する際に用いられる「韓男」に、「虫」をつけた悪口表現)」にならないために相変わらず女性を抑え込もうとしている。

 男たちに提案したい。声を上げる女性を抑圧する時間で自分を振り返り、フェミニズムを勉強しよう。時代が読み取れず、淘汰されることのないようにしよう。一緒にフェミニストになろう。失うものはマンボックス*2で、得るものは全世界となるだろう。

*1 韓国言論振興財団が二〇一七年一月三日に発表した「二〇一六年一〇代青少年メディア利用調査」によると、一〇代青少年の一人放送の利用率は二六・七%である。

*2 『マンボックス』の著者、トニー・ポーターが男性をめぐる固定観念の枠を指して使った表現。

 


 

上野千鶴子さん(社会学者)推薦解説!

 「男なのに、フェミニストです」とか「男のくせにフェミニストなの?」とかいうのを聞くと、その他人ごと感にイラッとする。そうだよ、あんたのことだよ、これはあんたに宛てたメッセージだよ、と言いたくなる。
 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ流に『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』というなら、フェミニストでないひとたちをどう呼ぶか?
 セクシスト(性差別主義者)というのだ。
 セクシズムって男と女の非対称な関係のことだから、これから自由なひとはいない。このなかでは、ひとは加害者であるか被害者であるかのどちらかだ。いや、もうひとつ、忘れてた。傍観者っていうのがあった。……

 ……韓国から、こんな男性フェミニストの本が生まれたとは感激だ。
 女にも男にも、誰にも、被害者にも加害者にも、そして傍観者にも、ならないでほしい。

(上野千鶴子「解説 『82年生まれ、キム・ジヨン』の夫、それとも息子?」より)

 

目次

プロローグ
 男がフェミニストだって?

1章 母と息子 
 我が家がおかしい 
 貧しい家の娘の人生 
 フェミニズム思考のはじまり 
 中年女性の居場所 
 ほかの家もこうなのか? 
 母のうつ病 

2章 フェミニズムを学ぶ男 
 善意と良心にだけ依存するのは不安だ 
 性暴力事件はどのようにして起こるのか 
 いい女は天国に行くが、悪い女はどこにだって行ける 
 厳格に見える家父長制の卑劣な陰 
 男だからよくわからないんです、学ばないと 
 生徒と教師で出会ったが、いまでは同志 

3章 先生、もしかして週末に江南駅に行ってきたんですか? 
 私が沈黙しなかったら 
 なぜ女性嫌悪犯罪と言わない? 
 同志はいずこへ、イルベの旗だけが空を舞う 
 大韓民国で女性として生きるということ 
 男には寛大に、女には厳格に 
 被害者に詰め寄る韓国社会 
 統計で見る韓国女性の一生 
 男もフェミニストになれるだろうか 

4章 八〇〇人の男子生徒とともに
 生きるためのフェミニズム授業 
 「そばの花咲く頃」――性暴力を美化しているのではないか 
 「春香伝」――いまも昔も女性はなぐさみもの 
 李陸史は男性的語調、金素月は女性的語調? 
 『謝氏南征記』――真犯人は誰だ? 
 『未来を花束にして』――現在に生きず、歴史に生きよう 
 [人間]-[男性]-[成熟]が「少女」だとは 

5章 ヘイトと戦う方法 
 男ばかりの集団で発言すべき理由 
 間違って定めた的、そしてヘイトがつくりだした左右の統合 
 差別の歴史的淵源 
 男子高校でフェミニズムを伝えます 
 生徒たちの非難に対処する方法 
 同志とはどのように結集するか 
 有利な側より有意義な側に立つこと 

エピローグ
 共に地獄を生き抜くために 

読書案内――男フェミのためのカリキュラム

解説 『82年生まれ、キム・ジヨン』の夫、それとも息子?――上野千鶴子

訳者あとがき

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著者略歴

  1. チェ・スンボム

    1984 年生まれ。韓国北東部・江陵市の明倫高等学校教師。
    共著書に『フェミニスト先生が必要』『ジェンダー感受性を育てる教育』がある。
    学生の頃は学校が嫌いだったが、なぜか先生になり、すでに11 年目。
    大学では文学と哲学を専攻し、社会科学にも強い関心を寄せた。運よく強い女性たちに囲まれた環境におかれ、フェミニズムを学ぶことができた。
    現在男子高校で国語を教えているが、生徒たちとバスケをしているとき、教師としてやりがいを感じる。一緒に勉強する男子高校生を「コンデ」(偉そうに振舞う中年男性)にしないために、まわりの男性教師をフェミニズムに入門させるために、知恵をふりしぼる日々。
    すべての性が幸せに暮らせる世の中の実現を目指し行動しているだけだが、いつの間にか騒がしい人、静かな水面に石を投げ、揺らす人になってしまった。こうやって本も書いたので、いまさら引くわけにもいかない。こうなったからにはもっとうるさく生きようと思う。

  2. 金 みんじょん

    翻訳者、エッセイスト、韓国語講師。慶應義塾大学総合政策学部卒業。東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士課程単位取得退学。
    韓国語の著書に『母の東京 ― a little about my mother』『トッポッキごときで』、共著書に『小説東京』『SF金承玉』、韓国語への訳書に『那覇の市場で古本屋』(宇田智子著)、『渋谷のすみっこでベジ食堂』(小田晶房著)、『太陽と乙女』(森見登美彦著)、『縁を結うひと』『あいまい生活』『海を抱いて月に眠る』(以上3冊、深沢潮著)など。日本語への訳書は、本作が初。
    そのほか、KBS(韓国放送公社)の通信員として、また『京郷新聞』への連載を通して、日本の情報を韓国に発信中。

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