時代を映すロゴ、瓦礫(デブリ)化するフォント――デザイナー・松本弦人が語る『平成美術』
『平成美術』のブックデザインをされた松本弦人さんのインタビュー後編です。今回は、印象的な西暦ロゴに込められた意味、フォントのデブリ化、この本への思いなどを語ってくださいました。
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時代を表す西暦ロゴ
Q.この本の年表やオビの西暦は、ポスターやチラシと共通の印象的なロゴが使われていますね。
「平成美術」チラシ
これは「西暦ロゴ」と呼んでいます。それぞれ全部、意味があります。自分なりに考えて、その時代の美術やイメージを表すものにしています。
Q.いくつかご紹介いただけますか?
1989年は、ベネトンのロゴです。ベネトンは87~88年頃から、コンドームを並べてエイズが予防できることを訴えたり、3つの心臓を並べて人種によって肌の色は違ってもハートは同じと訴えたり、社会問題を提示する広告をやったんです。すさまじい衝撃でした。ベネトンの広告のかっこよさは群を抜いていました。表現としての広告で、あれだけインパクトがあって鮮やかに、物量もあって期間も長くて、歴史に残るものだなと思っていて。昭和の終わり、平成の頭の象徴として迷わず決めました。
1991年。これは「写ルンです」のロゴです。すごい商品だったんです。とんでもない数売れましたが、表現にも多大な影響を与えました。撮るものが完全に変わったんです。どうでもいいものを撮るのはそれまでプロのカメラマンくらいしかできなかったんですが、あの手軽さで誰でも何でも写真をとれるようになった。今だにこれで作品をつくっている人もいます。
1995年は阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件があり、おどろおどろしい年だったので、そのイメージでつくりました。
1997年はもっとも個人的な思い入れのある、ダイアナのサインです。ダイアナの死はけっこう大事な話だと思っています。皇室の問題、女性の問題、メディアの問題、パワハラの問題などいろいろな問題が集約されています。
2002年はSARSを図案化したものです。
2011年。福島第一原発です。
2012年。引き続き、まったく処理ができていない、デブリが固まっていっている福島第一原発です。
2014年。笑っていいとも。終わった年です。すんごい完成度低いんですよ。あれだけ長いことやっていてこの完成度か。まぁ完成度低いこともその時代性だからなと。
2019年は、トメです。年号ロゴは、でたらめな引用でバランスが悪いので、最後にそれを止めるイメージでカリグラフィーペンで書いたものです。
ノンブル(ページの数字)も、西暦ロゴから引っ張ってきて、いちばん可読性の良い10文字で作りました。可読性を高めるために微調整しました。西暦がメインビジュアルにありますし、これはユニークなので、書籍らしさを壊すことなくエネルギーみたいなものを蓄えてくれると思って。
第Ⅰ部の作家の活動年も同じフォントです。もちろん、ここを普通のフォントできれいに組んでも成立するんですけど、平成美術という年号の展覧会なので、流れとして起きてきたことが大事だということを暗に、しかし強く言い続けたかったんです。
王道の本文とフォントのデブリ感
本の設計としては、まじめに王道の14分割のグリッド(紙面を縦14×横14に分割した方眼をベースにデザインするしくみ。もっともいろいろなフォーマットに対応しやすい)で全体を通しています。
日本語のフォントは横組みのことをよく考えられた凸版文久明朝を使っています。ただ、冒頭の椹木さんの論考がいちばん書籍っぽいので、ここはクセのある凸版文久明朝をさけて、四六判の本でもよく使われている遊明朝にしました。ここでも、見出しのフォントは凸版文久見出し明朝になっています。
椹木野衣さんの論考ページ
Q.見出しの凸版文久見出し明朝は文字は63%も平体(縦比率の縮小)がかかっています。なぜこんなかたちに?
平体は、デブリ感が出ていいなと。西暦ロゴの2012年のイメージから、本の見出しに平体をかけることを思いつきました。いろんな明朝をつぶしてみたんです。もともと凸版文久見出し明朝は狂ったほどクセが強い書体ですが、つぶしてみたらデブリ感が出たので。秀英明朝のほうがデブリになるだろうな、と思っていたんですが、こちらのほうがデブリ感がありました。結局、メインのタイポグラフィ(表紙や展示会場の冒頭で使用)もこいつで決まりました。
やんちゃな年表
冒頭に長い落ち着いた論考があるので、「ここはやんちゃしていいな」と思ってド派手にしました。展示会場の黒板年表「平成の壁」は幅16メートルの手書きという、どうやってもとんでもないものになるのはわかっていたので、「あんまり普通でもな」というのもありました。ここはトライアル&エラーでいろいろやってみて、最終的にこのかたちに落ち着きました。
最初はアーティストごとに色を変えていなくて、ここまで色を使っていなかったんです。14組の作家は同色だったんですが、初校をみて色分けしなきゃだめだなと。それと同等、ある意味でアーティストよりも大事な災害とのバランスもひっくるめて、それぞれの色をどれくらいの濃度で表現するか。
第II部では、章(時代区分)ごとに文字の色を変えています。90年代が赤、00年代が緑、10年代が青。年表でもその系統の色を作家にあてました。14って色分けで認識できるものじゃなんですが、それぞれ違うのがわかるようにするのとこれだけいるのだという情報が大事だと考えてこうしました。
年表 参加作家の色分け
第Ⅰ部 時代区分の色分け
展示会場 時代区分の色分け
年表44-45ページ
年表はほんとうに面白かったです。椹木野衣の批評人生そのものと言ってもいいような年表で。とんでもないことがこれだけまとまって起こっていて。それと美術を並べる。これの横にこれがくるんだ!という驚きがあって、面白いおもちゃをいっぱいもらったみたいな。
たとえば、44-45ページ。イラク攻撃を開始したブッシュ大統領の顔写真の下に、「殺す・な」という反戦運動の題字があり、オノ・ヨーコの顔がある。ものすごい皮肉です。年表という強力なフォーマットが作りだす偶然は面白いですね。図録でこの面白さが見えたので、展示のほうは当初の予定を変更して図録と同じスタイルにしました。
正当な書籍というイメージを担保している中で、年表がこの位置にこれだけの量あることが、この本をエネルギッシュな存在にしてくれたんだなといま改めて見て思います。
デザイン人生にけりをつける本
平成は、椹木野衣の批評人生であるのと同じく私のデザイン人生です。「日本ゼロ年」のときにぶん投げるような感じで作ったものを、この本でけりをつけなければな、という思いもおいらとしてはありました。
でも、椹木さんのセレクトはあいかわらずぶっ飛んでるな、とあきれましたけど。これは褒め言葉です。「日本ゼロ年」のときもびっくりしましたけど。今から見るとすばらしい作家ばかりと思えますけど、当時は半分以上はそんなに評価されていませんでしたからね。
Q.最終的に、当初の思いどおりに仕上がりましたか。
そうですね。できたと思います。今回は、「日本ゼロ年」とは違う投げ方をしながら、返す手で掃除もできたという気がしています。
本って1ページだめなデザインが入っていると、そこで本全体の評価が下がってしまうと思って作っているので、これだけ仕掛けをたくさんやっているので1見開きもカード1枚も手を抜けない。手のかかる本でしたが、ひとつひとつ丁寧にちゃんとこなせたいい本だなと思います。
判型と造本仕様
B5変形判(横177mm × 縦248mm) 上製糸かがり 232ページ
カバー ミラーコート〈ゴールド〉 四六/T〈110〉グロスPP貼り・ミシン目
表紙 ルミナホワイト 四六/Y〈90.5〉グロスPP貼り
見返し OKブリザード 四六/T〈86〉
オビ ルミナホワイト ハトロン判/T〈113.5〉 光沢ニス引き
花布 花布68
1C 本文紙 b7バルキー 四六/T〈73〉
4C 本文紙 b7バルキー 四六/T〈64.5〉
使用フォント
椹木野衣「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989‒2019」
見出し 凸版文久見出し明朝 EB(欧文・数字はAdobe Caslon Pro Semibold、平体63%)
本 文 遊明朝 ミディアム
付 記 ヒラギノ角ゴW3(かなはネオツデイL、欧文・数字はLota Grotesque alt 2 Light)
年表(平体88%)
明 朝 体 凸版文久明朝 R
明 朝 体(帯文字) 凸版文久見出し明朝 EB(欧文・数字はAdobe Caslon Pro Semibold)
ゴチック ヒラギノ角ゴW3(かなはネオツデイL、欧文・数字はLota Grotesque alt 2 Light)
ゴチック(帯文字) ヒラギノ角ゴW5(かなはネオツデイR、欧文・数字はLota Grotesque alt 2 Regular)
第Ⅰ部
イントロ 凸版文久明朝 R
作 家 名 ヒラギノ角ゴW5(かなはネオツデイR、欧文・数字はLota Grotesque alt 2 Regular、平体63%)
作家紹介 ヒラギノ角ゴW3(かなはネオツデイL、欧文・数字はLota Grotesque alt 2 Light、平体85%)
作品解説 ヒラギノ角ゴUD W3(平体93%)
第Ⅱ部
見出し 凸版文久見出し明朝 EB(欧文・数字はAdobe Caslon Pro Semibold、平体63%)
本 文 凸版文久明朝R
ノンブル 西暦ロゴベースのオリジナルフォント