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時代を映すロゴ、瓦礫(デブリ)化するフォント――デザイナー・松本弦人が語る『平成美術』

『平成美術』のブックデザインをされた松本弦人さんに、デザイナーからみたこの本の魅力と舞台裏をうかがいました。消えるジャケットカバー、時代を表すロゴ、デブリ化したフォントなど、東京TDC賞2021グランプリを受賞したグラフィックデザイナーの創作の秘密に迫ります。

Q この本はどういうコンセプトでデザインされたのですか?

「椹木野衣が大規模な公立美術館で20年ぶりに企画・監修する展示の図録。後世に残る立派な威厳のあるものを作らなきゃ」と意気込んで京都市京セラ美術館に打ち合わせに行きました。すると美術館の方から、「立派な威厳のある図録って開かないじゃないですか。もっと、とんでもないものをお願いします。『日本ゼロ年』展の図録が大好きで」と言われて。

「日本ゼロ年」展は、1999年に椹木さんが企画して水戸芸術館で開催されたものです。この図録もおいらが担当しました。ほんとうにお金がなかったので、ページ数は72ページ、紙も安い紙で、本文はカラー印刷にできなくて1色刷り。それを逆手にとってぶん投げるような感じで雑誌風に作ったんです。薄っぺらくて威厳はなくて、まったく図録らしくなくて、当時の館長が当初はカンカンになったらしいです。でも、あっという間に売り切れて、重版もかかりました。今でも古本市場に出るとプレミア価格がついているようです。美術館の方のように忘れられない図録として心に留めてくれている人もいます。

『日本ゼロ年』みたいにというリクエストを聞いて、頭の中で考えていたものが崩れました。ただ、1つだけ最初から変わらなかったのは、「椹木野衣の書物である。そうあるべき。それが読みたい」ということ。

だから、雑誌風に作った日本ゼロ年展の図録を本のかたちにすればいい、と。口で言うのは簡単だけど、ゼロ年展の図録と椹木野衣の書物とのあいだには距離があるので、10か月ほど時間をかけながら、ゆっくりとなじませていった感じです。

芯は椹木野衣の書物でありながら、それを構成する要素の中に強くてめんどうくさい要因がたくさんありました。再構成される新作の扱い、写真をカバージャケットに巻いて切って貼ってという構造、ボリューム感のあるカラーのビジュアル年表、情報量が多い……。全体もそうだけれど、部分部分で細かく修正して溶け込ませていくという作業の連続だった気がします。

カバーはなぜ消えたのか?

Q. 具体的にどんなかたちでなじませていきましたか?

わかりやすいところで言うとカバージャケットですね。サブタイトルの「うたかたと瓦礫(デブリ)」にあわせて、瓦礫(デブリ)と消えるジャケット。ジャケットはなくなってしまうけれど、書籍としては、構造的にも強度的にもイメージ的にも10年20年と残るものにしなくてはいけない。

最初のラフの感じだと10年20年はもたないイメージだったので、とくに表紙で保存してもらえる、表紙だけになってもいいように、デザインの落ち着かせ方とはしゃがせ方に苦労しました。

ラフver.1

ラフver. 2

ラフver. 3

最終形

Q. カバーのミシン目はどうやって思いついたのですか?

ポストカードというアイデアが先にあって、そこから考えていきました。カードを巻いて切るにはどうしたらいいか考えるなかで出てきました。

『日本ゼロ年』は予算がなくて、カラーが16ページしかとれなくなってしまったんです。11人のアーティストで作品点数はそれぞれたくさんあるのに、それだと貧乏くさいじゃないですか。同じ予算でも、小さいカードにすれば、1作家8枚取れて作品もたくさん掲載できる、というので別刷りのカードを読者に切って貼りこんでもらうかたちでやったんです。

『日本ゼロ年』カードを貼り込むスタイルだった

今回は会場で新たに再構成される新作を含んだ図録を、なるべく早く出すためにカードのスタイルにしました。通常、現代美術の展覧会だと、会期に遅れて発売するのが当たり前なのですが、これはいい発明だったと思います。

ざらっとした紙の上に、ピカピカのコーティングをかけて銀塩写真のような質感で写真サイズのものが貼られていると、自分の手で切って貼って手がかかっているということも含めて、特別な感じがして、嬉しいわけです。そもそも本の中に写真を印刷するのは、写真が紙の上に物理的に置かれている状態をシミュレーションしているのであって、そのオリジナルな姿が現れる。当然、印刷のノリも違うので、新作が際立ちます。

パープルームのページをみる松本弦人さん

写真は、カメラマンの木奥恵三さんがひとつひとつドン決まりの構図とライティングで渾身のポストカードっぽさを出してくれました。

ポストカードはもともと絵はがきから来ているものなので、構図は映画の構図のような決まり切った圧倒的に正しい構図。色の情報は、淡いものでもいいけれど強く色を印象づけるものでないと、小さいサイズで人の目に触れるのが難しい。

絵のような発色・配色は意識して微調整しました。とくにcontact Gonzoやパープルームなどは非常に強い色でカードっぽくなっています。実際に展示見たときにかなりみんな色が派手で色のバリエーションもあったので、ポストカードが効くなと思いました。

あと、ポストカードを貼ると本が少しふもっとした感じにふくらみます。今どきの製本はきっちりとふくらみのない形に仕上がります。昔の製本は、もっとふもっとしていたんです。その感じはちょっと平成っぽさを出せるなと。

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