『アフリカを学ぶ人のために』はじめに
救済の対象、開発の対象、資源の供給源など、様々なまなざしを向けられてきたアフリカ。そのようなまなざしから逃れるために、私たちはどうアフリカに向き合えばよいのか。
松田素二編『アフリカを学ぶ人のために』より、「はじめに」の一部を抜粋して紹介します。
アフリカ社会と向き合う方法
「アフリカ潜在力」という新たな認識枠組みをもとにして、アフリカと向き合おうというのが本書の目論見だが、そのために本書が採用したのが、「アフリカから学ぶ」という姿勢であった。それは、従来のようにアフリカを「啓蒙」や「教化」の対象とする態度とも、一方的に「利用」「活用」する態度とも異なるものだ。「アフリカの潜在力」が、日本を含む現代世界にとって、困難を解決し処理するための人類共通の資産であるという認識にたって、その力を学ぼうというのが本書の基本姿勢なのである。そのために本書が採用したのが、「五つの学び」である。第一はアフリカがもつ多様性を知ることであり、第二はアフリカの過去と向き合うことだ。そして第三はアフリカの同時代性に寄り添うことである。
アフリカは内部に夥しい異質性を包摂している巨大な複合社会である。それは生態・環境的、言語・文化的、生業・政治的といったあらゆる領域における多様性である。アフリカを学ぶには、「単一のアフリカ」観を脱してまずこの多様性を直視する必要がある。また21世紀の今のアフリカをとらえるためには、それを歴史的に位置づける必要がある。それは奴隷交易や植民地支配といったアフリカを歪めてきた500年の歴史だけではない。人類誕生から古王国時代も含むアフリカで生起した人びとの営みの歴史を長いタイムスパンでとらえることは、近代以降学術的にも社会的にも支配的だった「歴史なきアフリカ」観を脱するための必須要件なのである。第三のアフリカ社会の同時代性と向き合うことも、「歴史なきアフリカ」観を脱するための大切な作業の一部である。
「歴史なきアフリカ」観は、アフリカを世界のその他の地域と完全に分断孤立させる役割を果たしてきた。アフリカは、世界史における絶対的他者とみなされ排除されてきたのである。都市スラムの若者がヒップホップに熱中したり半乾燥地帯に暮らす牧童がスマホを片手にツイートしたり送金したりする姿は、こうしたアフリカ認識に対する強力な是正作用をもっている。グローバル化のもつ負の側面を見据えながら同時代性と向き合うことは、アフリカ社会を自分が暮らす社会と地続きにとらえるための第一歩だろう。
「困難」と「希望」を学ぶ
こうした準備のうえに、残り二つの「学び」がある。ひとつは、アフリカが呻吟してきた「困難を学ぶ」ことであり、もうひとつは、その対処の営みのなかに見出される「希望を学ぶ」ことである。1990年代以降、アフリカが「絶望の時代」を迎えたことは先述したとおりである。たしかに政治的には「一党制」から「複数政党制」への「民主化」にともない多くのアフリカ諸国で政治的混乱と内戦が勃発・激化した。経済分野では構造調整の名のもとに、国民経済の運営が国際通貨基金(IMF)や世界銀行の手に委ねられ、合理化・民営化・市場化が推進された結果、社会の下層・最下層の人びとは絶対的な生存困難に直面することになった。それに加えて自然環境の破壊が進行し、HIV/AIDSなどの感染症も蔓延した。20世紀末のアフリカは、こうした絶望的危機に直面し、それになんとか対処しようと悪戦苦闘してきたのである。
こうした営みのなかから生まれた「希望」の兆しを学ぶことが最後の課題だ。この希望の多くは欧米「先進国」社会から与えられた処方箋がもたらしたものではなかった。むしろアフリカが育んできた知恵や制度を、新しい時代や外来の思想と結びつけつなぎあわせることで新たに創造されたものだった。それを本書では、アフリカの知恵を現代的に再創造するという意味で「アフリカ潜在力」と定式化した。
先に述べたように、「アフリカ潜在力」に着目することは、けっしてアフリカの伝統的知識や制度に回帰することを呼びかけているのではない。それとは正反対に、アフリカで創造され鍛えられてきた知恵や制度を、グローバル化された現代の文脈のなかで新しく再編成、再創造していくことで困難に対処する可能性に注目しようというのである。なぜなら、その潜在力こそがこれからの人類社会が困難を乗り越えるうえで共通の財産となりうるからだ。たとえば厳しい生態環境のなかで育まれてきた「在来の知」による生業の発展、持たざる者どうしが国家や国際機関に依存せずに自助自立するための相互扶助システム、また理不尽な大量殺戮や憎悪によって引き裂かれた社会の癒しや和解の仕方や奪われた正義の回復法、さらには異なる言語、文化、価値を背景にもつ人びとが共生共存していくための技法などは、アフリカが歴史的に蓄積してきた経験や知識をもとにして、絶望的な時代を経て編み出した「希望の兆し」なのである。
目次
序 (松田素二)
第1部 多様性を学ぶ
1 民族と文化(松村圭一郎)
2 言語(小森淳子)
3 生態環境(伊谷樹一)
4 生業(曽我亨)
◆コラム アフリカのなかのアジア(飯田卓)
第2部 過去を学ぶ
1 人類誕生(中務真人)
2 古王国(竹沢尚一郎)
3 奴隷交易(宮本正興)
4 植民地支配と独立(津田みわ)
◆コラム 西アフリカ発掘事始め(竹沢尚一郎)
第3部 同時代性を学ぶ
1 ポピュラーアート(岡崎彰)
2 ライフスタイル(松田素二)
3 結婚と家族(椎野若菜)
4 宗教生活(近藤英俊)
◆コラム 排外主義と#RhodesMustFall(山本めゆ)
◆コラム 人の移動から考える日本とアフリカの関係(松本尚之)
第4部 困難を学ぶ
1 政治的動乱(遠藤貢)
2 経済の激動と開発援助(峯陽一)
3 自然保護と地域住民(岩井雪乃)
4 感染症(嶋田雅曉)
◆コラム ゴリラ・ツーリズム(山極壽一)
◆コラム いちばん新しい独立国とその破綻(栗本英世)
第5部 希望を学ぶ
1 在来知(重田眞義)
2 助け合い(平野(野元)美佐)
3 和解と共生(阿部利洋)
◆コラム アフリカでビジネスを起こす――サラヤの軌跡(松田素二)
◆コラム ケニアのスラムに学校を作る(早川千晶)
結び 未来を展望する(松田素二)
アフリカを学ぶ人のための必読文献リスト
アフリカを学ぶ人のための国別データシート
索引