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『フランス恋愛文学をたのしむ』はじめに

 「恋愛のさかんな国」というとみなさんはどの国を連想するでしょうか。最近の若者はイタリアと答えることが多いように思えます。ラテン系のちょいワルおやじのイメージが強いからでしょう。しかし、ある世代の日本人にとって、それは確実にフランスでした。そこには映画の影響が大きかったように思います。日本では結婚前の男女がおおっぴらに付き合えないような時代に、スクリーンの上ではフランス人の男女が自由気ままに手をつないで歩いたり街角でキスをしたりしていたのです。

 とはいえ、フランス人がみな恋愛上手かというと決してそうではありません。それは日本人がみな勤勉とはかぎらないのと同じです。恋の喜びや苦しみに国境はありません。フランスの恋愛文学を読んで、「へえ、そんな恋愛もあるのか」と驚く部分ももちろんあるでしょうが、「なるほどワタシと同じだ」とうなずく部分も少なからずあるのではないかと思います。未知のものを発見する喜びと既知のものを認識する喜び――矛盾しているようですがどちらも文学作品を読む喜びではないでしょうか。

 この本では十二世紀の『トリスタンとイズー』から二十一世紀の『人生は短く、欲望は果てなし』まで、恋愛をテーマとするフランスの文学作品をとりあげ、十四のテーマに分けてわかりやすく解説します。この本を読めばあなたも恋愛上手になれる――と言うことができればいいのですが、残念ながらそういうわけにはいきません。若い頃、まったくと言っていいほどモテなかった私が言うのですから、これほどたしかな話はありません。文学作品は人生の教科書ではありませんし、恋愛の指南書でもありません。ただ、恋の喜びや苦しみにどう向き合うかについて、ヒントのようなものは得られるかもしれません。

 この本では個々の作品の背景や文学史的意義、作者の人となり、作品から読み取れる恋愛観、作品の技法などについて説明したうえで、作品の解釈を試みています。「そうそう、そうなんだよね」とか「なるほど、そういう読み方もあるのか」とか思いながら読み進めていただければ幸いです。ただし、ここに書いてあることはあくまでひとつの読み方にすぎません。文学作品というものは名作であればあるほど複数の読み方ができるものであり、読者の数だけ解釈があるものです。この本を読んで「わかった」と満足することなく、みなさん自身が自分なりのやり方で作品を読み解くことがなにより大切だと思います。

 ここでとりあげる作品をまだ読んでいないという方もおられるかもしれませんが、心配はいりません。各章では作品のストーリーを簡単に紹介しています。とはいえすべてを説明してしまいますと、これから読む楽しみが減ってしまいますので、結末はできるだけぼかして書いています。

 また、作品は原則として年代順に並べていますので、第1章から順に読めばフランス文学が恋愛というテーマをどのように扱ってきたかを歴史的に概観していただけます。ただし、テーマのつながりを優先するためにあえて年代順を無視したところもありますし、日本やアメリカの作品を扱ったところもありますので、その点はご了承ください。もちろん、興味の赴くままに拾い読みのような形で読んでも十分楽しんでいただけるものと思います。

 なお、作品からの引用はすべて私の翻訳によるものです。文中に今日では「差別語」、「不快語」とされることばが使われている場合もありますが、作品のオリジナリティを尊重する意味で無理な言い換えは控えました。その点もあわせてご了解いただければ幸いです。

 ある意味で読書は恋愛と似ています。学校や職場で運命の人と出会うこともありますし、友人や知人の紹介で出会うケースもあるでしょう。この本が月下氷人の役目を果たし、みなさんが運命の本と出会うお手伝いができれば、筆者としてこれほど嬉しいことはありません。

All you need is love♪

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著者略歴

  1. 東浦 弘樹

    関西学院大学文学部教授(フランス文学)。演劇ユニット・チーム銀河代表(劇作家・役者)。
    1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部フランス文学科卒業。関西学院大学文学研究科在学中にフランス政府給費留学生として渡仏。ピカルディー大学(アミアン)で国際カミュ研究会会長ジャクリーヌ・レヴィ=ヴァランシ教授に師事。ピカルディー・ジュール・ヴェルヌ大学文学博士。
    主著に『晴れた日には『異邦人』を読もうーーアルベール・カミュと「やさしい無関心」』(世界思想社、2010年)、La Quête et les expressions du bonheur dans l’œuvre d’Albert Camus(『アルベール・カミュの作品における幸福の追求とその表現』、Eurédit社、2004年)、翻訳書にパトリック・ラペイル『人生は短く、欲望は果てなし』(オリヴィエ・ビルマンと共訳、作品社、2012年)などがある。

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