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異形の図録はどうしてできた? 『平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989–2019』制作秘話

 京都市京セラ美術館にて、2021年1月23日(土)から4月11日(日)まで開催されている展覧会「平成美術:うたかたと瓦礫 1989–2019」。『感性は感動しない』(世界思想社)などの著書で知られる美術評論家・椹木野衣氏が企画・監修し、様々な社会的事件・経済現象・自然現象に彩られた平成の時代を、それに反応してきた14組のアーティストたちの活動を通して振り返る展覧会です。

 このたび、世界思想社では本展覧会の図録を制作いたしました。

 この本は、平成という時代とその中での美術の反応を1つの年表に縫い上げた「平成の壁」や、小説家・社会学者・政治学者がそれぞれの立場から光をあてた3つの論考などを収めており、「図録」の枠を超えて、「平成美術」の総決算としても楽しめる一冊になっています。さらに、カバーに印刷されたそれぞれの作品の写真がミシン目に沿って解体され、本の中に貼りつけられていくことで、手元で完成する一つの作品でもあります。

 今回は、このユニークな図録ができあがるまでの制作秘話を、担当編集にきいてみました。

Q1. 今回の企画はどのように始まったのですか?

 椹木さんと私の出会いは、2012年に弊社のPR誌『世界思想』の「感性について」という特集号を組んだ際に、記事をお願いしたことでした。その記事から発展するかたちで『感性は感動しない』という本を作りました。今回の展覧会が京都で開催されるにあたって、椹木さんから「京都の出版社に図録の制作をお願いしたい」という打診をいただき、企画が動き出しました。

Q2. このカバーのアイデアはどのように生まれてきたのですか?

 本書のデザインはデザイナーの松本弦人さんが担当されているのですが、このカバーのアイデアは松本さんが出されたものです。

 裏方の話になってしまい恐縮ですが、当時我々は「図録としては展示風景の写真を入れたいけれど、展示会直前にならないと作品が搬入されないため、写真を撮って入れるとなると図録の出版が展示に間に合わない」というジレンマに直面していました。

 そんなときに、打ち合わせの中で「海外に、カバーを広げるとポスターになる本がある」という話が出てきたのです。それをヒントに、松本さんが「写真をカバーに入れてしまえば、この問題を解決できる」と提案してくださいました。また、カバーに収められた写真たちが切り取られ、「うたかた」のように消えゆくことで、展覧会のテーマも体現できるんです。松本さんはすごいところを突いてくるなと思いました。

 当然、カバーにミシン目を入れる特殊な加工などは今までにない試みだったので、印刷会社や製本会社とたくさん相談しながら進めました。折ったカバーにミシン目を入れているのは、世界初の作品じゃないかと僕は思っています(笑)。

Q3. 一般的な「図録」と本書の違いはどういうところにあるのでしょう?

 「図版だけをおさめたものではなくて、読みものとして面白いものにしよう」というのは当初から意識していたことでした。椹木さんは書き手でもありますし、単なる記録ではなく、多くの人に読んでもらえるような本にしたいという思いがありました。

 しかし、美術館で行われる展覧会の記録ということもあり、しっかりと保存される本でもなくてはなりません。沢山の人に手にとってもらえるような手軽さと、後の世にも残せる作りという矛盾する要素をこの本は持っています。

 特に、最初のほうに掲載されている「年表 平成美術1989–2019」には力が入っています。

 平成の時代におきたさまざまなできごとと、14組のアーティストたちの活動を、単なる事実の羅列ではなく、写真やデザインを通して視覚的にインパクトのあるかたちで一つの年表にまとめるのは、大変な作業でした。こだわるあまり凝りに凝ったレイアウトを作り上げてしまい、データがあまりにも複雑になったので、松本さんには「もう二度とやりたくない」と言われてしまいましたが(笑)。

 だけど、これらのおかげで、図録だけを読んでもらっても面白いし、展示を見てから読んでもらえるとなお面白い、そんな図録になったのではないかと思います。

Q4. 様々な形態で表現がなされる現代美術ですが、それに対して本はどういうことができると思いますか?

 今回の展示でも、パフォーマンスであったり、動画であったり、いろいろな形態の作品があります。そういった作品たちに対して、本は「物理的に存在する」ことでできることがあるのではないか、と思っています。

 近代美術の中心である絵画は写真として記録し、本にすることができます。しかし、パフォーマンスのような一回性のものや、動画などに対して、本は何ができるのだろうということはこの企画でも意識していました。

 なので、「文字」を伝えられるメディアとして批評を充実させ、年表などのデザインも工夫することで、こういった現場に行かないと体験できない作品たちの魅力を読者に伝えるのが、この本の役割だと思います。

 僕自身は現代美術の専門家ではないけれど、この展示が「後世に残る、すごいものである」ということは間違いないと思っていたので、本書がこの展示が世に広まる一助になれるよう、100%できることをやりました。

Q5.さいごに、この展覧会や図録をまだ見ていない方に向けて、一言お願いします。

 何だか難しそうに思われている現代美術ですが、この展示は現代美術を全然知らない人でも楽しめるものだと思います。『感性は感動しない』でも言われていることですが、「予備知識がなくても見たらええんや」というのは、この本の中に貫かれているスピリットでもあります。

 例えば、僕は20万匹以上の昆虫で作られた「昆虫千手観音像」という作品が気に入っているのですが、この作品は背景を知らなくてもとてもインパクトのある作品です。図録に書かれているように、それが「昆虫新田義貞像」の供養のために作られたことを知っていたら、なお楽しめるものでもあります。

 図録に収められた作品たちを見ていただければ、「会場に行ってみたい」という気持ちになると思います。そして、会場でしか体験できない経験をしていただき、家に帰ってまた図録を読んで面白いと思ってもらう、そんな風に楽しんでいただければ幸いです。

 平成美術の世界を体験できる図録『平成美術:うたかたと瓦礫1989–2019』は、2021年2月20日(土)より発売いたします。ぜひお求めください。

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