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『京都発・庭の歴史』はじめに&おわりに抜粋

「見る」ではなく「使う」

 本来「庭」とは、「見る」ためだけのものではなく、「使う」ためのものです。これまで「庭園」の本は数多く刊行されてきましたが、そこで語られる内容は様式やデザイン、作庭家のことが中心で、実際の使われ方についてはほとんど語られてきませんでした。

 そもそも見た目や美しさにより解釈されてきた「庭園」は、日常の生々しい現象である「庭」とは別のものです。なぜなら「庭園」とは、本書で挙げる四区分の庭のなかから一部の学問のルールにとって都合のよい事柄だけを抜き出して合成した「偶像」だからです。そういった学問ではこのことに触れないまま、まるで「庭園」が「庭」のすべてであるかのように論じてきました。ギリシア神話において、ライオンの頭とヤギの胴体、ヘビの尾をもつ怪物のことを「キメラ」といいますが、まさに「庭園」の本で語られてきたのは「庭のキメラ」なのです。

(中略)

 本書で解説する庭の基本を理解すれば、すべてのキメラ化の原因を取り除く処方箋になるだけではなく、世界中の庭に共通点を見出すことができるでしょう。

 私は京都市文化財保護課に所属してきた、文化財の分野ごとに配属された専門技師の一人です。担当は、主に嵐山や醍醐寺三宝院、龍安寺方丈の庭などといった「名勝」です。また、役人としての仕事とは別に、「現象学」という哲学にのっとった庭の学術研究を行っています。いわゆる、在野の研究者です。

文化財保護課での仕事

 私が所属してきた京都市役所の文化財保護課には、いくつかの文化財ごとに専門の技師が配属されています。技師についてはそれほど異動がありません。日常の仕事は、指定された文化財の修理と維持管理をするための助成金の交付や、それらの現状を変える場合の書類手続きです。それには単に書類を右から左に流すというわけにはいきませんので、現場へ出向いて実情を確かめる必要があります。また工事にあたっては、事前に文化財の所有者や出入りの庭師さんたちと現地で意見交換し、個々の事情に合わせて方針と計画を立てたうえで実行にうつります。修理後は、将来も工法や考え方が再現できるように記録としての報告書あるいはレポートを作成します。

 ちなみに私の事務と現場仕事の割合はおよそ半々でした。現場でしか会わない方はスーツ姿の私を見ることなどないため、作業着のイメージしかないといわれることがよくあります。天然記念物の樹木が弱っていると聞けば治療の段取りを組んだり、特別天然記念物のオオサンショウウオを保護するために胴長を穿いて川に入ったりすることもあります。さらに文化財を幅広い方々に知っていただくために出前講座へも出向きます。

 新しい文化財を指定するための調査と手続きは、とくに重要な仕事でした。国や都道府県、市町村には、それぞれ文化財の保護に関する審議会が置かれているところがあります。審議会に所属する委員は、幅広い分野の学者で構成されており、行政側が挙げる文化財指定の候補を審議します。そこで技師らは、現地や資料館に通って資料を収集して精査し、審議のための説明文を作成します。

庭の現象学

 こうした仕事をこなすためには、数多くの学者や専門家との交流が欠かせませんでした。それは審議会だけではなく、文化財に指定された庭の修理や維持管理においても、学者や専門家から意見を求められる場合があるためです。ひいては自分で研究をしなければ指摘の意味さえ理解できず、話題にもついていけないので、人間関係を構築するためにも学会などに参加することになります。そして実務と研究の二足のわらじを履いていくうちに、現場で起こっていることと学会で論じられていることに埋めがたい溝があることを確信するようになったのです。

 伝統的な住まいの所有者をはじめとして、庭師や大工、不動産業者、設計業者など、私が現場で出会ってきた方々の多くは、その継承に心血を注いでおられます。役人としてはその姿勢にたいして、真剣に向き合わなければなりません。難題が生じたり妥協におちいったりしそうなときは、意見がぶつかることがあります。そんなとき、激情家の私は感情的になって現場を気まずい空気にすることもあるのですが、みなさんとともにさまざまな困難を乗り越えることで信頼関係が深まることが経験的には多くあります。いわば緊張感をもって切磋琢磨することが、伝統ある土地を継承していくうえでの原動力であるとさえ感じられます。伝統ある土地の継承はきれいごとで済まされない生々しく困難なものです。それは庭も例外ではなく、つねに手の入った状態を持続するためには良好な対人関係を保つことが重要になります。しかしながら従来の研究では、日常生活におけるそのような出来事が真正面から取り上げられることはありませんでした。

 近代的な学問とはそんなものかとやり過ごすのがふつうかもしれません。しかし私は現場と学問との間で埋めがたい溝があることに、何か根本的な理由があるのではないかと考えるようになりました。それは学会へ何度か論文を投稿し審査を経験してみて、修正や不採用の指摘点が共通して日常生活と密接につながる部分だったからです。そのことを逆手に取って、日常生活の出来事の学術研究が可能ではないかと思い至りました。そこで、もともと関心があった「直接的な『生きられた経験』(体験)に立ち返って、この『意味』を帯びた体験の成り立ちを解明しようとする」(西村ユミ・榊原哲也編著『ケアの実践とは何か』ナカニシヤ出版、2017年)現象学に取り組むため、在職中に博士課程に進みました。

 日常生活の出来事を記述すること自体は、何も難しいことではありません。ただし、日常のことをそのまま書くだけでは報告書か日記でしかないので、何らかの普遍性や客観性が認められないかぎり、学術的には主観論や経験論であると批判を受けます。どのようにすれば上空飛行的ではなく、かつ、普遍性や客観性をもった研究ができるかについては、終章でおおまかな考え方を示しました。さらに詳しく知りたい方はインターネット上の「大阪大学リポジトリ」で博士論文の全文がダウンロードできますので参考にしてくだされば幸いです。

庭の見方を変える旅へ

 本書は、技師としての仕事と私個人の研究成果にもとづいた「庭」の歴史の案内書です。

 まず序章では、平安時代から続く庭の基本的な四区分と言葉の整理をします。第1章から第4章にかけては、平安時代から近代までの庭の使われ方をたどると同時に、各時代の人々が庭に求めた意味をひも解いていきます。そして第5章では、まさに現代の庭仕事の実情を描きます。終章では、本書の考え方の原点である、19世紀のドイツで生まれた哲学「現象学」を通して、庭の本性を浮き彫りにします。

 本書をお薦めしたいのは、庭に興味があって旅行などでも訪れるけれども深入りするには抵抗感がある、これまでの案内書で庭の歴史を理解することができなかったという方です。また、庭や建築の仕事や研究をしている方は、批判や議論の対象としてお読みくだされば幸いです。芸術学や考古学、人文地理学、人類学、歴史学など、間接的に庭と関わる分野、さらには日常生活を念頭に置く現象学などの哲学の研究者にも関心をもっていただけるでしょう。

 本書を一読すれば、きっと庭はもちろん住まいに対する見方が180度変わって、日常生活で身近にある庭と建築の関係を系統立てて理解することができます。そうすれば、観光や勉強のために古い庭や建築を訪れたときには、どの部分が過去を引き継いでいて、どこが新しいかを判別しやすくなります。また何気なくみるかぎりでは、住まいのなかの空地と思えるような一画も、生き生きとした意味のある庭として認められてくるはずです。その結果として、毎日の移動から旅行先での体験までもが豊かで充実したものになるでしょう。

 

目 次

はじめに

序 章 時を越えてつながる小学校と平安貴族の住宅
 1 庭の四つの基本区分
 2 知られざる庭の本性

第1章 使わなければ庭ではない《平安時代》
 1 庭で行事と季節を楽しむ
 2 変幻自在な住まいと庭
 3 庭の「ハレ」と「ケ」
 4 息づまりからくる息ぬきの願望

第2章 見映え重視のはじまり《平安後期~安土・桃山時代》
 1 生活の効率化と書院造住宅の誕生
 2 自由な室礼から定型化へ
 3 島づくりによる文化力の誇示
 4 島づくりによる権力の誇示

第3章 百「庭」繚乱《江戸時代》
 1 武家から公家への挑戦 エンターテインメント施設・「島」
 2 公家文化の逆襲 総合アミューズメント施設・「林泉」
 3 参勤交代と庭づくりの全国展開
 4 宗派の力の象徴
 5 庶民が庭をつくる時代の到来
 6 個別化した庭をつなぐ露地

第4章 庭づくりのデモクラシー《近代》
 1 四民平等の世にふさわしい庭づくり
 2 産業革命後の庭づくり

第5章 伝統継承の最前線に立つ人々《現代》
 1 庭を通して先人と対話する 円山公園の修理現場
 2 庭師集団による創意工夫
 3 文化財保護の現場 所有者、庭師、そして役人の声

終 章 庭の歴史と現象学
 1 届かない日常生活の声
 2 近代的な学問がもたらす歪み
 3 日常の声に耳を傾ける学問の手立て
 4 庭をめぐるポリリズム

おわりに
主要参考文献
事項索引
庭・建築・地名索引

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著者略歴

  1. 今江 秀史

    1975年山口県生まれ、京都府京都市育ち。 京都造形芸術大学修士課程修了。大阪大学人間科学研究科博士後期課程修了。人間科学博士。現在、京都市役所勤務。 専門は、庭の歴史や仕組み・修理・維持管理・職人言葉の研究、現象学的質的研究。著書に、『王朝文学と建築・庭園』(共著、竹林舎、2007 年)、『京都 実相院門跡』(共著、思文閣出版、2016 年)。

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