『賀茂川コミュニケーション塾』あとがき
「人工知能とビブリオバトル、両方の話題を含んだエッセイを書いてもらえませんか?」
世界思想社の編集さんにそう言われたのは、二〇一七年のゴールデンウィーク明けだった。京都のJR山科駅前にあるスターバックス。カフェラテを片手に僕は首をひねった。控えめに言って無茶振りだった。それでも、首をひねりつつ、その真意を知るべく意見交換。そこで、自律分散型スマートグリッドの話、同期現象の話なんかもした。本書の中でも触れた『言語』『貨幣』『同期』の話だ。ずっと考えてきたことだけど、特定の分野の論文じゃ書けない話。でも、きっと、エッセイという形なら、新しい視点を届けられる気がした。
「広くコミュニケーション全般に関して僕が思っていることを自由に書いてよければ……」
ビブリオバトルに関する講演をするとしばしば受ける質問に「ビブリオバトルと人工知能って全然関係ないですよね?」「いつか人工知能にビブリオバトルさせるんですか?」などがあった。
そういう質問を受ける度に、「う~ん、そういうことじゃないんだけどナァ」と思いながらも、綺麗な返事ができずにいた。確かに見た目は全然違う。それでも、僕の中でその二つは、ずっとつながってきたのだ。「コミュニケーションとは何か?」という探求の中で。
だから、同じ質問を何度も何度も受けるにつれ、「その関係に興味があれば、是非この本を読んでくださいね!」と口にして、スッと差し出せる一冊を持ちたいと思うようになっていった。
コミュニケーションというものを既存の学問枠組みにとらわれず、誰かの言説の再生産ではなく、自分なりに語って、ビブリオバトルと人工知能の研究を含みつつ、それらを覆う俯瞰的な視点を書き記したい。それが本書の執筆動機となった。
「書きます」とは言ったものの、依頼を受けてから一年間。面目ないくらい全く筆が進まなかった。編集さんからのリマインダーメールにも、言い訳しながら心のなかで土下座。実のところ、書き出してはいたのだが、エッセイであっても、この二つとその関係性を説明しようとすると、結局、くどい説明口調になって、小難しくて説教臭い文章になってしまうのだ。面白くない。
そんな原稿は専門書で既に書いている。高校生や大学生に読んでもらえない。
そして一年が経ち、巡ってきたゴールデンウィーク。僕はほぼ白紙の原稿と共に再び編集さんと、相見えることになる。場所はまたJR山科駅前のスターバックス。そこで、突然の逆提案。
「ライトノベル形式で書いてイイですか?」
四十歳目前の大学教授が突然斜め上に放った提案を、柔軟かつ温厚に受け止めて下さった世界思想社編集者の望月幸治さん、山本絢子さんに改めて御礼を。お二人が僕の無茶振り返しをキャッチして企画会議を通してくださったから、僕は『賀茂川コミュニケーション塾』を書くことができて、教授とマドカは語り始めることができた。そしてこの本が生まれた。
謝辞を幾つか。本書を書き上げるにあたり、岩橋直人教授(岡山県立大学)にはロボットの言語獲得研究の歴史的経緯や解釈に関して、石川竜一郎先生(早稲田大学)には経済学やゲーム理論の視点からコミュニケーション場のメカニズムデザインや社会における経済計算に関して、また、坪泰宏先生(立命館大学)には非線形力学と神経科学の視点から同期現象に関わって確認とコメントを頂いた。改めて御礼を申し上げる。なお、本書の記述に不正確な内容が残っていれば、それは筆者の責に帰するところである。素敵なイラストを描いて下さった、サコさんにも感謝を。また、本書で書かれた内容の多くは筆者自身の関わってきた研究活動に基づくものである。記号創発ロボティクスの関連研究者や、ビブリオバトル普及委員会のメンバーを始め、多くの人々と、そのみんなと交わしたコミュニケーションに感謝したい。
この本が、高校生からシニア世代まで、少しでも多くの人々にとって、コミュニケーションについて考え、気付き、理解するきっかけになる一冊になればと願う。
夏が終わり、また、秋がやってくる。そして僕らは語り続ける。
五冊目の単著となるこの本を、妻・宏美と三人の子供たちに捧げる。
京都のとあるカフェにて
谷口忠大