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頭木弘樹×横道誠『当事者対決! 心と体でケンカする』刊行記念スペース対談

第2回 病気と文学

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 発達障害の当事者である横道誠さんと潰瘍性大腸炎の当事者である頭木弘樹さんが、互いの苦悩をぶつけ合い、議論をたたかわせた一冊『当事者対決! 心と体でケンカする』。その刊行を記念して、Xにて対談のスペースイベントを行いました(2023年12月1日)。

 本が出来上がるまでのことを振りかえりつつ、頭木さんと横道さんに対談いただいた内容を、全4回にわたってお届けします。

【第1回】はこちら

症状の違い

横道 潰瘍性大腸炎の場合、症状の違いにムラがあるので、患者どうしの話がしにくいということがこの本の中で話題になりました。

 とはいえ、症状の問題は発達障害でも言えます。とくに、どのくらいIQ(知能指数)が違うかは非常に大きな違いになる。正確に言えば、そのように受けとめられることが多い。自閉スペクトラム症では知的障害が併発する事例は多いですが、軽度の知的障害ぐらいだったら、見た目や言動でわからないんです。一方では中度、重度の知的障害の人もいれば、他方では天才と言われる人もいる。

 そこで当然、潰瘍性大腸炎の場合と同じように、じぶんにはこの会は全然合っていないとか、ほかの参加者たちに対して気づまりしか感じなかったということはあると思います。

 でも、実際には症状の違いは副次的な問題だと思います。いちばん大事なのは、主宰者がじぶんに十分ないたわりを持って接してくれること。そういう主宰者に出会えたら、症状の違いを超えて、感動してしまうんです。その人にもっと会いたくて通うことができる。

頭木 そうか。僕、横道さんに感化されて、潰瘍性大腸炎の自助グループをやってみたいなと思いつつ、踏みきる勇気がないのは、患者会でお互いの踏みつけあいになってるのをずいぶん見たからなんです。

 軽い人が重い人に対して「お前を俺と一緒にするなよ」という感じになるんです。そんなの見たくもないじゃないですか。そうならないように、どうやるんだろうか、症状に差があるのに、語りあえるんだろうかと思っていました。

横道 自助グループ的なことをやるんだったら、「症状の良し悪しでマウンティングはやめてください」とか、グラウンドルールを決めるのがいいです。

頭木 それは、はっきり?

横道 はい。はっきり明記しておく。破る人が出てきたら、とりあえず一度注意をしておいて、やめようとしないんだったら、もう最悪の場合は「出禁」措置にします。「今後の参加は申し訳ないですが、受けつけられません」と。自助グループでも、発達障害の特性が強いと、こだわりが強くて、自己中心的に見える人は、出禁にされがちですね。

頭木 体の病気の場合、じぶんも病人なのに、病人に対する差別意識が強い人がいます。矛盾しているようですけど、いるんです。それは発達障害の場合もそうですか?

横道 もちろんそうです。精神の病気に対する差別意識って、体に対するものよりも強いくらいじゃないでしょうか。

 当事者たちは非常にしばしば世間的な常識を内面化しています。じぶんが発達障害者だということをなかなか受容できないし、一見受容したように見えても、なんとかしてじぶんはその世界から逃れたいと思っていることがふつうです。それで、じぶんよりも特性が強い発達障害者を見たら、その人に対して叱責や攻撃をしたくなる当事者もたくさんいるんです。

賢さの種類が違う

頭木 僕は文学を読んでて、小説家の深沢七郎に出会ったときには衝撃を受けました。文学に出てくる主人公って、知的に考える主人公が多いんですよね。内面が描写されるときに、非常に緻密に考えている人が多い。

 それが深沢七郎に出てくる登場人物って、考えが朦朧としていて、衝撃を受けました。逆にそれまでの小説って、ある種、頭のいい人ばっかり出てきて、そうじゃない人が脇役でしか出てきてない。選ばれた人の話しかしてない。その点、深沢七郎はすごいなと思って。でも深沢七郎自身は、すごく賢いんだろうから、あえてそう書いてるんでしょうけれど。

横道 賢さの種類が違うんでしょうね。異端的な賢さというか。

 発達障害の検査のときに、知能検査をするんですけど、びっくりするのは、いわゆるIQって、ひとりの人間に1個だと思うじゃないですか。知能検査では、能力ごとのIQを測るんです。

頭木 能力ごとのIQ?

横道 言語能力のIQとか、処理能力のIQとか。それを見てると、賢さっていうのは、一様じゃないんだなっていうのが、すごくわかります。

頭木 ああ、デコボコが非常にあるっていうことですね。それに比べると定型発達者はやや平均的ということですか?

横道 ムラが少ない傾向にありますね。ある意味で調和がとれている。でもそれは数字のトリックで、全体の平均を100にしていて、その全体の9割が定型発達者なわけですから、そうなるのは当たり前なんですよ。

頭木 その物差しで測られてしまう。

横道 そう。その物差しで測ったら、発達障害者は一部の能力がすごく高いのに、一部分は異様に低いとかになってしまう。

 もし発達障害者が、今の世界と逆に9割以上だったら、デコボコしてない人が変に見えるでしょうね。揃いすぎていると発達障害って言われるんじゃないですかね。

頭木 なるほどね。これはおかしいと。デコボコが自然であると。

賢くない人たちを描く世界

頭木 こういう言い方はよくないかもしれないですけど、文学にとって、賢くない人たちを描く世界は未開の地で、そこに可能性がいっぱいあると思います。

 横道さんが多様性の世界ということをおっしゃっていたように、発達障害の方たちが文学に関わっていくと、新しい領域に踏みこめるんじゃないかなという期待もあります。

横道 そうですね。村上春樹の受け売りなんですけど、文学っていうのは、あんまり賢すぎる人には向いていないですよね。

 賢すぎる人は、文学的な表現というのをまどろっこしく感じると思うので。それこそ、ビジネスエリートは、はっきり書いてあって、すぐに読みおわれるハウツー本や自己啓発本を読みたがるし。それもどういう意味で賢いのかと考えたら、難しい問題ではありますが。

 大江健三郎は、大学院に行って研究者になりたかったんだけど、それに向いてないっていう引け目がずっとあった人じゃないですか。あの人も、非常に独特なこだわりがありますよね。文体なんかは、近代日本文学史上、ナンバーワンかもというこだわりようでしょう。

頭木 晩年になって、「じぶんで本を読み返したら、すごく読みにくかったから、今度から読みやすく書こうと思った」ってインタビューで言ってたときには、びっくりしました。「えー、今さら気づいて、そういうこと言うんだ」と思って。

クリエイターたちの天才性と病跡学

横道 クリエイターたちの天才性を精神疾患に見る、病跡学という学問があります。この前、大阪で大会があって、ある精神科医が大江健三郎について語る講演がありました。講演が始まっても、交流経験に関する思い出話ばっかりだったんですけど、最後になって、「大江健三郎さんは明らかに自閉スペクトラム症の人でした」って語りはじめて。それがおもしろかったです。

頭木 大江健三郎さん、僕は最初ちょっと反発を持ってて、その後すごく好きになったんですけど。どう受けとめるかで、けっこう違いますよね。

横道 発達障害っぽい人は、周りから反発を受けやすいと思います。マイルールでやってるから、傍若無人に見えるんです。独特のこだわりもあるから、心を閉ざした排他的な人に見えてしまう。

 ただ、発達障害者って、グレーゾーンを入れたら全人口の1割ぐらいと言われているので、とにかく母数が多いです。精神疾患の中では一番多いのが発達障害だから目立つんですけど、いわゆる「変わってる人」がみんな発達障害者っていうわけでもないです。

頭木 それはそうですね。

 深沢七郎を継ぐ人が出ないかなと思うんだけど、なかなかなくて。東北のちょっと恐ろしい風習を描いたりする人って思われがちですけれど、それよりも何よりも、ある種の知的でない状態を書く。あれを読んじゃうと、主人公が理路整然といろいろ思いなやんでる作品は、読めなくなっちゃいます。

 横道さんは深沢七郎の評価はいかがですか?

横道 基本的には好きです。20代の後半にアンダーグラウンド音楽にハマっていて、マニアックなロックやジャズにハマってたんですけど。そういう界隈では、深沢七郎のファンは多かったです。

 ディープな音楽ファンって、音楽の官能性にとりつかれているから「カビの生えたような本なんか読んでられねえぜ」という人が多いです。そういう人が読む本は、やっぱり音楽性を感じられる文体の作家とか、あるいはじぶんたちみたいなアヴァンギャルドやアナーキズムを文学でやってる人になるんですね。そしたら、深沢七郎はストライクになりやすい。

 文学の話が深まってきて、いい感じですけど、そろそろ質問コーナーですね。

第3回につづく)

書籍の情報はこちらから。

【目次】

はじめに このふたりの本を読むことにどんな意味があるのか? 頭木弘樹 
なぜ往復インタビューなのか?/心と体でひとつの本を作る/なぜ心と体でケンカするのか?/ひとりの人間のなかでも心と体はケンカする/個人的な体験を読むことに意味はあるのか?/個人的な話が、なぜか普遍的な話に/この本の作り方について

●ラウンド1 どういう症状か?
1 発達障害とは 頭木→横道 
発達障害とはなにか/病気なのか障害なのか/先天的か後天的か/グレーゾーン/脳の多様性/じぶんたちの文化を生きている/「バリ層」「ギリ層」「ムリ層」/健常者からの反発/能力社会と環境
2 難病とは 横道→頭木 
潰瘍性大腸炎のダイバーシティ/「難病」というあつかい/「同病相憐れ」めない/病気の始まり/病院へ行っても後悔続き/身体イメージの変化/骨を嚙んでる犬がうらやましい/豆腐は神だった
インターバル1 壊れた体、世界一の体 

●ラウンド2 どんな人生か?
3 発達障害と生いたち 頭木→横道 
まわりは異星人ばかり/マンガのなかにいる「仲間」/大衆文学は難しい/発達障害の診断を受ける/診断名が増えて感動!
4 難病と生いたち 横道→頭木 
おとながわからない/止まった年齢/カフカとの邂逅、そして再会/カフカにすがりつく闘病生活/ベッドの上で働く/初の著作は幻の本に/12年越しの電話/死にたくなるような美しい曲/絶望はしないほうがいい
インターバル2 定型発達者ぶりっこ 

●ラウンド3 どうしてつらいのか?
5 発達性トラウマ障害 頭木→横道 
家族の人生/母親の入信/発達障害と宗教2世の関係/転機としての脱会/実家を出る決意/人間嫌いの人間好き
6 難病のメンタリティ 横道→頭木 
踏み台昇降をやってる男/同情がないと生きていけない/「ふつう」がじぶん側に近寄ってくる/社会モデルと病気/漏らし文化圏/役に立たないものが好き/勇気のもらい方
インターバル3 SNS文学 

●ラウンド4 だれと生きるのか?
7 発達障害とセクシャリティ 頭木→横道 
性の揺らぎ/初恋の思い出/好きになった人への告白/カサンドラ症候群/理解されることに飢えている
8 難病と家族 横道→頭木 
落語と語りの文体/昔話に魅せられて/宮古島への移住/7回の転校生活/語ってこなかった結婚の話/紅茶を頼む勇気/社会に広めたいルール
インターバル4 オマケの人生 

試合結果 心と体はどっちがつらい? 
心と体はケンカする?/心と心がケンカする/心身1.5元論/見晴らしのいい場所

おわりに 頭木弘樹のことと私の漏らし体験 横道誠 

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著者略歴

  1. 頭木 弘樹

    文学紹介者。筑波大学卒。大学3年の20 歳のときに難病になり、13 年間の闘病生活を送る。そのときにカフカの言葉が救いとなった経験から、2011 年『絶望名人カフカの人生論』(飛鳥新社/新潮文庫)を編訳。著書・編著に『ひきこもり図書館』(毎日新聞出版)、『うんこ文学』(ちくま文庫)、『食べることと出すこと』(医学書院)、『自分疲れ』(創元社)ほか多数。

  2. 横道 誠

    京都府立大学文学部准教授。1979 年生まれ。大阪市出身。博士(文学)(京都大学)。専門は文学・当事者研究。著書・編著に『みんな水の中――「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院)、『唯が行く!――当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』(金剛出版)、『イスタンブールで青に溺れる――発達障害者の世界周航記』(文藝春秋)、『みんなの宗教2世問題』(晶文社)ほか多数。

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