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『キャリアに活かす雇用関係論』刊行記念トークイベント@紀伊國屋書店札幌本店

ジェンダーの視点を貫くテキスト

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2024年1月21日に、『キャリアに活かす雇用関係論』の刊行記念トークイベントを紀伊國屋書店札幌本店で行いました。本書は、就職から始まるキャリアの形成過程をジェンダーの視点から分析し、現状・課題・解決への道筋を示した、働くすべての人の必携書。

「幸せな職業生活を自分の手でつかむために」というテーマのもと、編者の駒川智子氏・金井郁氏と、執筆者の川村雅則氏が、本書に込めた思い、本書から学びとってほしいこと、日本の雇用における問題点、私たちが幸せに働き生きていくためにできることについて、お話しされました。トークの内容を3回にわけてレポートします。

◆就活から始まる成長物語

川村(司会):雇用関係、労働関係の本はいろいろあるのですけれども、なぜこの本を作ったのかについて、編者のお二人に聞いてみたいと思います。

駒川:私は、この本にはけっこう自信があります。というのは、今まで労働関係の本できちんとすべての項目をジェンダーで書いた本はなかったと思います。労働の本はもちろんいろいろありました。けれども、労働者と語りながら、じつは男性のことが書かれていて、コラムに申し訳程度に、女性活躍推進などが入っているというような本が多かったからです。

 自分が授業で使いたいと思う本、これから社会に出ていく学生さんに読んでほしいと思う本を作らねば、という気持ちがありました。人事の担当者が読んで「ああ、なるほど」と思うだけの本ではいけない。学生さんが読んで、就活の時などに役立つ本にしようと思いました。そこで、就活から始まる成長物語を意識して本書を編みました。

 最初の大卒就職・大卒採用では、どのように採用が決まっていくのかを見ていきます。次に、自分の勤務先や職種は何か、という配属・異動が気になります。続いて、賃金はどうやって決まるのか、労働時間はどうなっているのか、昇進はいつどのようにできるのか、と勤続を重ねるうちに関心も移っていきます。さらに、妊娠・出産・育児というライフイベントを迎えたとき、働き方をどう調整すればいいのか、ということも関心の高いテーマでしょう。管理職はたいへんというイメージがありますが、実際に何をしているのか、どんなことを実現できるのか、ということを知れば、選択肢は広がります。いまや、ずっと同じ職場で働くことは当たり前ではありません。離職や転職をするときに何が活用できるのか、知っておきたいですね。

 働くなかで起こりうる問題も扱っています。誰もがハラスメントに遭う可能性があります。どのように自分を守ることができるのか、知識を持っておきたいものです。非正規雇用で働いている人がたくさんいますが、その問題点は何なのか。処遇改善や賃上げのために、労働組合はどう活動しているのか。テレワークやフリーランスなど新しい働き方は今、どう変化しているのか。多様な人たちと共に働くにはどうしたらいいのか。こうした疑問・関心をひとつずつ章にしていきました。

金井:駒川さんから共編者にお誘いいただいたとき、幸せに生きるということと働くということを同時に考えるテキストにしたいと思いました。人事労務管理論や経営学のテキストはマネジメントをする側=経営者目線から書かれているものが主流です。そうではなく、学生や労働者の視点に立って、雇用に関するルールを知ることができるような本を作りたいと思いました。

川村:駒川さんが言われたように、ジェンダーの視点を意識している本書は、執筆者も女性が多いですね。労働研究はもちろん、社会全体が男性中心に制度設計がされています。そして、その男性というのは、家庭のことは一切しない、ケアなどを一切しない存在(ケアレスマン)として想定されています。

◆男女別データで現状を理解する

川村:本書の特徴として、労働の現状をジェンダーの視点から正確に把握するため、男女別のデータを各章で示しています。その中から二つ取り上げて、スライドに映しています。「管理的職業従事者の割合と女性比率の国際比較」については金井さんから、「性別による職務への配置状況」については駒川さんからご説明いただきましょう。

金井:「管理的職業従事者の割合と女性比率の国際比較」は、私が書いた「第8章 管理職」で紹介しているデータです。日本は女性管理職比率が低いということは、たぶん皆さんもニュースなどで聞いたことがあると思うのですが、韓国よりも低くて13.3%です。スウェーデンやアメリカが40%を超えているのと比べると、ずいぶん少ないですよね。

 ただし、ひとつ注意しておきたいのは、管理職そのものの割合が日本は少ないんです。これは管理職の定義と関係します。プレイングマネージャーが多く、国際比較上の定義として、厳密な意味でマネジメントしている管理職に分類される人が少ないのが、日本の特徴です。





駒川:「性別による職務への配置状況」は、私が執筆した「第2章 配属・異動・転勤」で紹介したデータです。ここからわかるのは、男性だけが配置されている職場がけっこうあるということです。営業は44.6%、生産、建設、運輸は40.7%、研究・開発・設計は34.9%です。逆に、女性だけが配置される職場は、人事・総務・経理以外はほとんどありません。

 でも、私たちは、これを見てもあまり違和感を持たないのではないでしょうか。男性は男性らしさを生かす仕事がいいよね、女性は女性らしさを生かす仕事がいいよね、とどこかで聞いたことはありませんか。男性職と女性職に大きく分かれることを性別職務分離といいます。これが問題になるのです。男性はどの職務にも就くことができますが、女性が就ける職務は少ないからです。日本の企業はいろいろな職務を経験させて人材を育成するOJT方式が主流です。職務経験の数が少ないと、管理職になる知識や経験がないと見なされ、昇進できません。これは、金井さんが指摘された女性の管理職比率の少なさの原因にもなっています。

 さらに歴史的な話をすると、女性らしい職務、男性らしい職務というのはけっこう曖昧なのです。たとえば、銀行の窓口業務は女性が多いですが、不思議だなと感じたことはありますか。窓口の仕事はきれいでこまやかな女性が合っていると、どこかで思っていませんか。じつは、戦後すぐは銀行の窓口は男性の仕事でした。なぜなら、「大事なお客様のお金を女性などに扱わせられない」と考えられていたからです。窓口業務は男性向きのお仕事だったのです。

 女性が窓口業務を担当するようになったのは、当時の銀行での経営判断によるものです。日本が高度経済成長期に向かう頃で、企業は多額の資金を求めていました。そのため銀行は融資にまわすための預金を大量に必要としていたのです。そこで「銀行は敷居が高い」と思って敬遠してきた一般の人々が、気軽に銀行で口座を開いて預金する環境を整えようと考えました。具体的にはロビーに観葉植物をおき、貯金箱のプレゼントを用意し、窓口に女性を配置したのです。ちょうど窓口に伝票を印字する機械が設置された頃でしたので、しばらくすると「窓口業務は、手先が器用で、にこやかな女性に向いている」といった言説が生み出されました。その頃、男性は新しくつくられた渉外業務という営業職につくようになりました。こうして「男性が外で稼いで、女性が内(店舗内)を守る」という構図になったのです。これぐらい、女性らしい仕事、男性らしい仕事は曖昧なものです。



金井:私は生命保険営業職の研究をしています。「生保レディ」と言われるくらい、日本では女性の仕事として確立していますけれども、これもやはり戦前は男性の仕事だったのです。戦前、まだ生命保険という商品が知られていない時代には、地主や銀行などの支店長など信頼の置ける人が兼業で自分の知り合い(ネットワーク)に生命保険を売っていました。

 営業職のジェンダーに変化をもたらしたのは、売り方の変化だと考えられます。戦後のインフレ下において年払いの生命保険のような長期契約の締結がきわめて困難となった時期に「掛け易い保険」として、月掛保険が検討されるようになりました。営業職員の受け持ち地域を決め、契約を取った人が毎月集金を行うという仕組みが作られるようになります。毎月集金するためのコストを低くするには、多量の契約が高い密度で一定地区に集約されている必要性があります。そこで、従来の営業職のネットワーク営業から、限定された地区を一軒残らず営業して集金もするような販売方法に変化しました。保険料が小口化したことや、限定された地区を集金しながら営業するスタイルの確立によって、徐々に地域の女性が営業する主体となっていきました。今では、生命保険営業はコツコツとまじめに地域を営業する「女性にふさわしい仕事」となっています。

 しかし、欧米では今でも男性が多い仕事です。女性が営業で顧客の家に訪問するのは危険だから女性には向かないとして、アメリカなどでは女性が参入しにくい職種で、むしろ女性をもっと活躍させてほしいという形で問題になっています。なぜか日本では、生命保険営業職が家庭に訪問することの危険性は強調されません。こんなふうに、社会や時代により何を強調するかによって、女性らしい仕事、男性らしい仕事は変わります。

川村:私は「第10章 非正規雇用」を執筆したのですけれども、非正規雇用は女性が圧倒的に多いです。たとえば私たちが住む札幌市では、会計年度任用職員という非正規の公務員が4千人ほど働いていて、4分の3が女性です。

 全国的には、事務職や技能労務職のほか、保育・介護など福祉職や看護師・保健師など医療職、教員・講師、図書館職員、給食調理員、各種の相談員などの仕事に就いている方が多い。ケア職など「女性に向いている」と社会でみなされている職は非常に賃金が低く、安く使われている面があります。こういう問題を第10章ではくわしく述べました。

中編につづく



書籍の情報はこちらから

【目次】

序 章 なぜ雇用管理を学ぶのか〔駒川智子・金井郁〕

第1章 大卒就職・大卒採用――制度・構造を読みとく〔筒井美紀〕

第2章 配属・異動・転勤――キャリア形成の核となる職務〔駒川智子〕

第3章 賃 金――持続可能な賃金のあり方とは〔禿あや美〕

第4章 昇 進――自分のやりたいことを実現する立場〔大槻奈巳〕

第5章 労働時間――長時間労働の是正に向けて〔山縣宏寿〕

第6章 就労と妊娠・出産・育児――なぜ「両立」が問題となるのか〔杉浦浩美〕

第7章 ハラスメント――働く者の尊厳が保たれる仕事場を〔申琪榮〕

第8章 管理職――誰もが働きやすい職場づくりのキーパーソン〔金井郁〕

第9章 離職・転職――長期的キャリア形成の実現に向けて〔林亜美〕

第10章 非正規雇用――まっとうな雇用の実現のために〔川村雅則〕

第11章 労働組合――労働条件の向上を私たちの手で〔金井郁〕

第12章 新しい働き方――テレワーク、副業・兼業、フリーランス〔高見具広〕

第13章 いろいろな人と働く――SDGsによる企業の人権尊重とDE&Iの推進〔田瀬和夫・真崎宏美〕

終 章 労働の未来を考える〔金井郁・駒川智子〕

より深い学びのために

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著者略歴

  1. 駒川 智子

    北海道大学大学院教育学研究院准教授。 一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。修士(経済学)。 著書に『女性と労働〔労働再審③〕』(共著、大月書店、2011年)、論文に「ケアの視点から問う労働領域でのジェンダー平等」(『現代社会学研究(北海道社会学会誌)』37巻、2024年6月刊行予定)、「女性管理職の数値目標の達成に向けた取り組みと組織変化」(『大原社会問題研究所雑誌』703号、2017年)など。

  2. 金井 郁

    埼玉大学人文社会科学研究科教授。 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(国際協力学)。 著書に『フェミニスト経済学』(共編著、有斐閣、2023年)、論文に「人事制度改革と雇用管理区分の統合」(『社会政策』13巻2号、2021年)、「生存をめぐる保障の投資化」(『現代思想』2023年2月号)など。

  3. 川村 雅則

    北海学園大学経済学部教授。 北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。 著書に『シリーズ子どもの貧困① 生まれ、育つ基盤』(共著、明石書店、2019 年)、論文に「なくそう!官製ワーキングプア」(『雇用構築学研究所News letter』67 号、2023年)など。労働情報の発信・交流サイト「北海道労働情報NAVI(https://roudou-navi.org/)」を管理・運営。

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