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京都不案内

ゲストハウスとアパート探し

 十数年前に、京都市役所に講演で招かれた際、「自費で研修したいので、最近の京都の面白い宿を3つくらい選んで予約してもらえますか」とお願いした。そうしたら

①石塀小路の廃業した旅館を改修した朝ごはんのおいしい片泊まりの宿。6畳で6000円。

②駅に近い古民家を世界中を旅した若夫婦が改修したドミトリー形式のゲストハウス、3500円くらい。

③西陣近くの古民家一棟貸し、5000円くらい。近くの銭湯の券付き。

というところを紹介された。なるほどこんな泊まり方もあるものか。片泊まり、ドミトリー、一棟貸し、いずれもブームの前に、新しい言葉を覚えた。
 片泊まりとは二食付きでなく、夜は街中で自由に食べて、朝ごはんだけ付いている。その朝ごはんのレベルが宿のレベルでもある。片泊まりの宿では、私は祇園にある「三福」(みふく)という昭和25年から続く宿に何度か泊まった。建物はビンテージ、女将さんの優雅な挙措。部屋からは鴨川が見える。そして朝ごはんもいいが、夜は入口脇のカウンターの居酒屋で、女将のご亭主が包丁を握っており、ここの料理がおいしい。
 ドミトリーとは学校の寄宿舎の大部屋にベッドが並んでいるイメージだったが、その宿では8畳に3つの布団が並べてあり、見ず知らずの人と同室で寝るということがかなり不安だった。その後、慣れてきたし、男女混合ドミトリーにも泊まったことがある。
 一棟貸しの家は、京都のうなぎの寝床のような路地奥の小さな家で、大家さんの家で鍵をもらい、使い方の説明や火の始末を教わり、あとは自由に使ったが、一人なので心細く感じた。一棟貸しなんて需要があるのか、と思ったが、家族やグループには好まれているようである。 

 その後、外国人旅行者を日本に呼び込もうという国のインバウンド政策のせいか、外国人旅行客は毎年増え続け、2002年に500万人、2013年に1000万人、2016年に2000万人となっていき、2018年には3000万人を超えた。日本は他国と比べ、国内紛争もなく治安が良いこと、中国の経済成長により海外旅行できる層が増えたこと、円安により日本は必ずしも「なんでも高い国」ではなくなったことなどによる。
 東京でも、国立の博物館や美術館が集中する上野公園は、東京、地方、海外含めて年間1000万人の来場者があって、コロナ以前はすでにオーバーツーリズムだったが、東京オリンピックを見据えての「上野「文化の杜」新構想推進会議」(2013年12月24日)で、当時の下村博文文部科学大臣はこれを3000万人にしたい、と発言したそうである。
 前から上野を文化・学術の森というより、観光化しようという企てはいろいろあった。例えば戦争直後の、不忍池を埋め立てて野球場を作ろうという企画、不忍池の下に2000台の駐車場を作ろうという企画、東京国立博物館の前の噴水のところにエッフェル塔ならぬスカイツリーを立てようという企画、上野の山に地下道を四通八達させ、各文化施設を地下道でつなごうという計画、上野駅を日本で一番高いホテルとデパート付き超高層ビルにしようという計画。私は2番目以降、すべて反対運動に参加している。 

 京都の場合、以前は修学旅行メインだったが、世界遺産に「古都京都の文化財」が登録された頃から、外国人客も増え始めた。京都が気に入って、留学生、英語教師、各国レストランのシェフ、パン屋さんから柔道家、僧侶に至るまで、居住している外国人も多いという。それは京都に行き出すと肌で感じることである。自転車に乗った、地域をよく知るジモッティ感溢れる外国人が多い。 
 中国、台湾、韓国の人が多い九州に比べ、京都好きは日本文化に憧れる欧米系の人が多い気がする。彼らにはベジタリアン、卵や牛乳すらも食さない厳格なビーガンもいて、京都は東京よりはるかに菜食主義者に理解がある町だと思う。すでに10年前、東山長楽寺宿坊遊行庵に泊まった時に、住職の夫人がベジタリアンの外国人にどう対応すべきかを綿々と話していた。味噌汁に使う鰹出汁までいやがる人がいるという。また、有機無農薬野菜、食品添加物無添加の自然食品店も東京より多い気がする。

 まさに私が行き出した2015年くらいから、京都にゲストハウスが増え始めた。ゲストハウスというのは、文字通り、客を泊めるところで、外国人との交流を楽しみに小規模でやっており、人柄のよいオーナーが常駐して、評判のところもある。
 ゲストハウスと混乱を生むのが、民泊という言葉である。それも文字通り、家庭を改造して、お客を泊める場所にするということ。実際、1964年の東京オリンピックの際、こうした日本の民家に泊まり、そののちも良い思い出を持ち続けたり、オーナーの家族と行ったり来たりの交流を続けている人も多い。
 ところが中国人旅行客の激増に京都の宿泊施設のキャパが追いつかなかった。京都市内に都ホテル(現ウェスティン都ホテル京都)を筆頭にたくさんの由緒あるホテルは満員なので、京都からJRの快速で一駅の大津に泊まって京都を見学する客も多いという。
 一方、お金のない旅行客はホテルには泊まれない。路地奥の長屋を改造して民泊と称した所に泊まったりする。なかにはオーナー不在の所もあり、旅行客のマナーをめぐってトラブルが起きている事例も報道されてきた。
 タクシーの運転手さんに聞くと、「少し名の知られているホテルや旅館ならいいんだけど、ここに行ってくださいと紙を見せられても、看板も出てない路地奥なんですからね。お手上げですわ」という。私も京都で、タクシーを降りて迷っている外国人を宿まで案内したことが何度かある。東京人の私が。
 私も、海外に行くと、友人家族とはホテルでなく一棟貸しのB&B、一人旅でも大抵こういうゲストハウスを利用する。ゲストハウスもいろいろで、サイトの「最高!」などにつられてうっかり予約して行ってみたら、自転車旅行のグループにとって最高な宿で、私の部屋に7つのベッドがずらりと並んでいたこともあった。インスタントコーヒーと7つのカップを見たときには、思わず笑い出してしまった。古民家の5階の屋根裏部屋まで重たいトランクを持ってギシギシいう階段を上がり自分の部屋にやっと落ち着いたら、後から来たグループ客の夜を徹してのパーティに悩まされたこともある。大家さんが来なくて、隣の八百屋さんに合鍵を貸してもらって入ったこともある。 

 もともと民泊とかゲストハウスは、よその国からのお客様を泊めてもてなし交流するところだ。草の根交流を深めて世界平和に寄与する。とまでいうと大げさだが、少なくともオーナーが不在というのはありえない。それならば、目的はただの金儲けということになる。経営者が京都人でなく、中国人である場合も少なくないという。ぺらぺらの化繊の着物を着て歩いている外国人を見かけるが、その着物を貸すオーナーも中国人だったりするという。それであんな着物なのか。もちろん、パリにもバリにも、日本人旅行客を当て込んだ日本人経営の宿は多いから異議を申し立てるまでもないのだが、あの「一見さんお断り」の閉鎖的な京都人が、こうした状況に耐えているのが不思議だった。
 観光立国を目指す政府が「国家戦略特別区域法」を出して、従来の旅館業法をかなり緩和したことにも混乱を生む要素があった。さすがに、住宅宿泊事業法、いわゆる民泊新法ができ、京都市も「適正な民泊」のための市独自のルールを打ち出し、悪徳民泊はかなり一掃された。ちゃんとしたところはレセプションを付けたり、消防法に則った設備にしたりと、かなりお金がかかったようである。また、観光客が多すぎてバスに乗れない、という市民からの苦情に対しては、市民向けのバスと観光客向けのバスとを分けるようになってから相当改善された。 

 京都に通いだしたこの5年の間に、通常のホテルに泊まることもあった。気に入ったのは、京都駅の中の隙間を活用した都シティ近鉄京都駅。本当に細長く、かなり廊下を歩くが、新幹線が見える部屋と在来線が見える部屋がある。
 四条河原町近くのホテルグランバッハ京都セレクト。とにかく便利で、近隣のおいしいもの屋さんをランチ、ディナー、飲み、と分けて3枚も地図をくれ、これに従って行ったステーキ屋、居酒屋、うどん屋、すべてあたりだった。
 京都駅の反対側にも泊まってみようと、友人の口コミで泊まったホテルアンテルーム京都。予備校の学生寮をリノベして、各部屋にはアートが飾られている。1階のバーではクラフトビールが格安で飲める。ここに泊まって京都みなみ会館で映画を見た。

 そうこうしているうちに、私は京都に住みたくなってきた。街中には「学生下宿1万円」などという張り紙があるので見に行ってみると、オンボロで男子学生に限るということだった。そこで、街の不動産屋の貼り札に目を凝らし、ネットでレトロ物件を探し、電話をかけて見に行った。
 白川通りに面した6万円のマンションは小綺麗だったが北向きで冬は寒そうだった。琵琶湖疏水沿いの4万円の一軒家は桜の頃の混雑が懸念されたし、もっと奥の木造賃貸アパートは2万数千円だが、観光駐車場の隣でアイドリングの音が聞こえた。吉田山の奥の家は、坂道がきつすぎ、廃墟といってよかった。
 不動産屋さんは嫌な顔もせず、黒塗りの車で私をあちこちに連れて行ってくれた。「事故物件だと困りますわ」。なにそれ。「殺人があったのとか、自殺があったのとか」。霊が出るんですか。「出るという人もいる。守護霊ならいいんですが」。ああ、家を守っているヤモリのような。「祟る霊も京都にはたくさんいてはります」。あらあ。
 ということで私の物件探しは中断。

 確かに私だけの巣が京都にあったら、荷物も置けるし嬉しいが、毎月行けるわけでもなし、コスパとしては効率が悪すぎる。その後、とても人柄の良いオーナーのいるペンションのようなものを見つけ、自分の家のように滞在して今日に至っている。
 3月に行った時、コロナで外国の方が来なくなり、苦戦しています、とオーナーから聞いた。今11月の予約を入れるにあたり見たところ、9、10月はすでに満室だ。良かった。照る日曇る日いろいろあれど、こういうちゃんとしたゲストハウスには生き延びてほしい。

京都の人のつぶやき

 京都に来る外国人観光客の増加は肌で感じる。金閣寺行きのバスなぞに子連れで乗ると、もう大変である。立体パズルのピースよろしく隙間に身をはめる。だが、幼児を連れた母親に席を譲ってくれるのは外国人が多い。
 道を聞かれたり、バスの乗り方を聞かれたりすることも少なくない。多くの日本人にもれず、英語は勉強したけれど、会話はからっきしダメな私。英語で話しかけられると全身耳にして身構える。
 あるとき、7~8名のスペイン人に話しかけられて困っている青年を見かけた。盛んに「インペリアル」という単語が聞こえる。インペリアル=帝国=帝国ホテル?、いや違うな、インペリアル=皇帝=天皇、そうだ!とひらめいた私、「京都御所に行きたいんだと思います」と青年に伝え、スペイン人たちに「ゴーストレート」とまっすぐ指で方向を示した。
 あるときは、1万円をもった外国人がバスの中で両替をしようとしていて、「ノー、ユーキャント」と思わず声をかけた私。でも札はそれしかない様子。「どなたか、1万円を両替できる方いませんか?」と声をはりあげたところ、ご婦人が「できますよ」と両替してくださった。あとは、千円札をもってジェスチャーである。ところが、その方の行きたいところは、さらに地下鉄に乗り換える必要があった。ここで「もう、あかん」と頭が真っ白になった。すると、おそらく韓国の留学生が、すらすらと英語で乗り換えの方法について説明してくれた。助かった。

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著者略歴

  1. 森 まゆみ

    1954年東京生まれ。作家。早稲田大学政治経済学部卒業。1984年に友人らと東京で地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を創刊、2009年の終刊まで編集人を務めた。歴史的建造物の保存活動にも取り組み、日本建築学会文化賞、サントリー地域文化賞を受賞。主な著書に『鴎外の坂』(芸術選奨文部大臣新人賞)、『「即興詩人」のイタリア』(JTB紀行文学大賞)、『「青鞜』の冒険』(紫式部文学賞)、『暗い時代の人々』、『子規の音』など。

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