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日本の「空気」――ウスビ・サコのコミュニケーション論

妄想する観光地

統計では、年間5000万人を超える観光客が京都市を訪れており、観光は京都の経済を支える重要な産業となっています。しかし、長年、観光客を受け入れている京都では、観光客の動線と地元民の生活動線が上手に分けられ、まちのあり方は二重構造となっています。その構造は、京言葉に裏表があることにも表れているようです。今回は、その京都の不思議な二面性について、エピソードを紹介しながら書いてみたいと思います。

観光地の住人

八坂の塔の近くで民家を改装したカフェを見つけ、コーヒーを味わっていた朝のことです。はじめてのマリ人客だったらしく、店のご主人に写真を撮らせてほしいと頼まれました。八坂神社や清水寺など、有名な寺社が多い地区だけあって、外国人客も多く訪れるようです。インスタ映えしそうな商品も充実していました。店の壁には大きな世界地図がかけられ、フランス、レバノン、モーリシャス、ジャマイカ、ブラジルなど、あらゆる国から来た客の出身地に、たくさんのピンが刺されていました。

彼はこの民家で生まれ育ちました。大人になってからは、長年東京で暮らしていたのですが、最近京都に戻ってカフェを開業したのでした。一階を店舗に改装し、二階は住まいとして使用しているようです。

産寧坂(三年坂)と呼ばれるこの観光地区でも、昔は地元の子どもたちが遊びまわっていたそうです。しかし、今では近所の子どもが遊ぶ姿などまったく見かけません。近所のお寺や神社も、かつてはふらっと入って走りまわれる遊び場だったのに、今では拝観料を払わされるようになってしまった、と彼は嘆いていました。

〇〇君の家が売りに出されて、よその人が経営するおみやげ屋さんになった。そのようなことも多く、友だちも家族ごといなくなってしまったそうです。コミュニティとしての生活感はどんどん失われていっています。彼は、産寧坂が観光地化していくことを、あまりよく思ってはいないようでした。

しかし正直に言うと、話を聞きながら私はこう思ったのです。

「えっ? じぶんもやってること一緒やん。観光客相手の商売やん」

文化の商品化

京都は文化を商品化することに長けています。それこそ、私が京都に感心させられる点のひとつです。

マリでは、古い文化を継承しながら商品化するということはなかなかできません。マリの場合、過去の文化は一掃されて、国外から輸入された新しい文化に置き換わってしまいます。都市部では古いものが消え続け、村落などに古いものが残っていたとしても、新しい文化とは交わらず、凍結保存されていることがほとんどです。

しかし、京都の文化は生きた感じがします。芯は維持したまま、外面だけを時代に合わせることが非常にうまいのです。相手の期待に応えようと、めちゃくちゃフレキシブルに期待される役割を演じます。危機的な状況にある文化も、表面を変えて存続させる工夫に満ちています。

例えば、お坊さんまでもが柔軟に変わっています。シンガーとして活躍するお坊さんがいたり、イケメンお坊さんがアイドル的な役割を果たしていたり、お寺がイベント会場を有料で貸したりします。ふだんお寺に行かない人が関心をもつきっかけにもなり、維持・継承にひと役買うのでしょう。私も京都のお寺でマリ人のコンサートを企画したことがあります。その際、あまりにもビジネスライクな料金プランを提示されたのには、さすがに驚きましたが。

文化をうまく活用する京都を見ていると、文化の商品化に関してマリが遅れていることを思い知らされます。マリも、古い文化があるとは言うのですが、その売り方が全然うまくないのです。

京都の身の振り方を見ていると、「文化にはここまで商品価値があるのか!」と感心します。とはいえ、そこまで観光客にあわせる必要はないのでは、と思うこともあります。例えば、商品パッケージです。観光客の目を引こうと、明らかに地元の人は買わないような、奇をてらったデザインの商品が大量に陳列されていたりします。やりすぎているものを見ると、「そこまでしたら、あかんやんか……」とツッコミたくなります。

過度な観光地化

産寧坂は、京都市に4カ所ある「伝建地区(重要伝統的建造物群保存地区)」のひとつです(ほかには上賀茂、祇園新橋、嵯峨鳥居本が指定されています)。この制度にはさまざまな制約やガイドラインがあり、指定されると修理も気軽にはできません。

この場所のポテンシャルを最大限に引き出そうとしたら、観光地化するしかないのでしょう。民家を買い取った新しい所有者は、自分は現地に住まず、どこか遠くに住んだまま、おみやげ屋さんなどを経営します。

そうなってしまうと、「もう、ふつうに住めへんわ」となってしまうのは、ある意味必然なのかもしれません。産寧坂は、観光客に地域を譲る道を選ぶしかありませんでした。

カフェのご主人のように、自分が観光地化に加担していることは棚に上げつつ、不満をもらすのは矛盾していますが、それはそれで本音なのだとも思います。

日本人は、自ら率先して決断することを避ける一方で、他人に指示されたら過剰に推し進める傾向があります。日本に来てから、「頼まれたから」「相手がそう期待していると思ったから」という理由で、納得していないことを実行する人をたくさん見てきました。

観光についても同じです。政府が「クールジャパン!」などと観光政策をかかげれば、サービス精神が旺盛な日本の観光地では、いろいろな店が「こんなんせなっ! あんなんせなっ!」と神経をつかいはじめます。もはや強迫観念にかられているようにも見えます。

観光に対する本音と建前

しかし、本音はちがうのです。日本政府が推進しているインバウンド政策によるオーバーツーリズムへの不満の声は絶えません。カフェのご主人も、かつての共同体が失われてしまったことを、心から悲しんでいるようでした。全体の空気に合わせて観光事業に加担していたとしても、内心では納得などしていないのです。

本音と建前とのズレは、さまざまな摩擦を起こします。マナーを守らない外国人がいたら、「なんか外国人ってマナー悪ない?」「食事のルールを知らへん」「ゴミの出し方が徹底してへんね」と陰口を言います。

そのような声を聞くたびに「そんなら、マナーがわかるようにしたらええやん! 注意したらええやん!」と思ってしまいます。どうでもいいところに気をつかいすぎて、基本的なところを見落としていないでしょうか。直接指摘したら、相手が傷つくとでも思っているのでしょうか。

飲食店で店員さんに、短パンでも問題ないか尋ねてみても、「かまへん」と言われるだけです。しかし、いざ店に入ってみると、明らかに短パンはNGな雰囲気がただよっているのです。そして、無言の圧力をかけられ、申し訳ない気持ちにさせられます。ドレスコードにそぐわない客がいたら、お店側も困るはずなのに、尋ねても指摘さえしてもらえません。国によっては店の入口で、短パン・スニーカーではだめですよと指摘してもらえます。たとえ高級レストランでなくてもです。

以前、「目の前の人に注意するくらいだったら、後でメールや手紙で伝えるほうがいい」という人がいました。……いや、文字に残るほうがひどいやん!

すべてが空気のなかで漠然と進められてしまうから、議論すべきことが放置されたままになってしまうのです。そして、切羽詰まった状況になってからようやく、自分はそれを望んでいなかった、誰々のせいだと責任転嫁するのです。

架空の観光客

先回りした心づかいが、相手を無視してしまっていることも問題です。

日本の料亭やレストラン、旅館、ホテルなどでは、お客さんをもてなすために先回りして準備するのが当然のこととされてきました。そして、日本人客なら、多少サービスが一方的で、求めていることとずれていたとしても、黙って受け入れてきました。

しかし近年、外国人客が増えたことによって、先回りの配慮が見当外れであることが目立ち、どこの人を想定しているのかと聞きたくなります。アメニティや浴衣・パジャマの準備、さらに、設備の使い方についてこと細かく英語で説明書きを加えておくことが親切だと思われていますが、想定している客の範囲が限定されすぎていて、それ以外の文化圏の方々が戸惑いそうです。

個人的には、旅館のドリンクセットと浴衣に戸惑うことが多々あります。客室に用意されている日本茶のセットに、茶の種類やいれ方などの説明書きが添えられているのですが、説明が複雑で、かえって混乱してしまいます。また、最近宿泊した旅館では、大浴場に浴衣を着て行くことはできるが、朝食会場に着て行くのはダメだと、英語と日本語で書かれていました。しかし、いざ朝食会場に行ってみると、多くの日本人が浴衣姿で来ていました。

観光がグローバル化するなかで観光客も多様化しているのですから、説明書きを詳しくすることに労力をかけるのではなく、客と直接コミュニケーションを取りながら対応してはどうでしょうか。そのほうが、外国の客は喜ぶと思います。私も最近、そのような対応をしてくれる旅館で、浴衣のサイズ、色、形などを選ばせていただくのがひとつの楽しみになっています。

レストランも同様です。最近、英語のメニューが用意されているお店も多いのですが、日本語のメニューと比べると、省略している内容や余分に説明が加わっている内容が見受けられます。一度、その理由を尋ねたところ、「外国の方はこれを嫌がるでしょ?」とか、「この食材に慣れてないでしょ?」とか、「どこで聞いたんや?」と言いたくなる根拠のない思い込みによって英語のメニューを作っているようでした。

注文を受ける際に、相手の様子や反応を見ながら説明をするほうが、多様な国のお客さんの要望に対応できるはずです。もちろん、旅館やレストランなどの気持ちもわからないではありませんが、実態のない空気を読んで、対面のコミュニケーションを避けるのではすれちがいが生まれるだけです。

京都の新しい旅館には、直のコミュニケーションを大切にしているところがあり、外国のお客さんに好評だと支配人から聞きました。さらに、ハブとなって地元住民と観光客の交流を促すなど、地域とのコミュニケーションの仕方も工夫したことで、「コミュニティ旅館」とも呼ばれているぐらいです。

陰で努力しても、外国人には伝わりません。隠されている部分は外から知りようがないですし、そもそも望まれていないことも多々あるのです。にもかかわらず、日本人は「外国人のためにこんなに努力して準備したのに、あいつらにはぜんぜん伝わらない」と不満をもらします。先回りと言えば聞こえはいいですが、実際はほとんどが、想像に想像を重ねた非現実的なシミュレーション、つまり「妄想」になってしまっているのです。

顔の見えるまち

京都のなかには、地域が自力でまちを守ろうとする動きもあります。

「姉小路界隈を考える会」を組織する住民たちは、自主的に地域のルールをつくっています。姉小路は、人通りの多い三条通と御池通に挟まれた好立地にもかかわらず、カラオケも、キャバレーも、雀荘も、そしてコンビニの営業までもが禁止されています。ほかにも、建物の高さが制限されていたり、家主が同居しないワンルームマンションの建設が禁止されていたりします。

きっかけはマンションの建て替えへの反対運動でした。地域住民とマンションとが、じっくりとコミュニケーションを取る場が生まれ、共同体の維持という共通の目標を練り上げることに成功したのです。

突然知らない役所の人がやってきて、「これはダメです、あれもダメです」と一方的に制度を押し付けるのとはわけがちがいます。姉小路で生まれたルールは、対話によって生まれたものです。

お互いの顔が見えているからこそ、問題が生じてもすり合わせることができ、不満もしっかりと伝え合うことができるのでしょう。トラブルが起きること自体は問題ではありません。トラブルが起きたときに、本音でのコミュニケーションを取らないことが、問題なのです。

「コミュニティ旅館」や「姉小路界隈を考える会」のように、顔が見え、本音を言い合える場を育てていくことこそ、観光地としての魅力を保ちながら、活発なコミュニティを維持していける道なのではないでしょうか。

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著者略歴

  1. ウスビ サコ

    京都精華大学学長。
    マリ共和国で生まれ、中国の北京語言大学、東南大学を経て1991年に来日。京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士後期課程終了。博士(工学)。2001年より京都精華大学の教員。
    専門分野は建築計画(住宅計画、居住空間計画)。「空間人類学」をテーマに、学生とともに京都のまちを調査し、マリの集合居住のライフスタイルを探るなど、国や地域によって異なる環境やコミュニティと空間のリアルな関係を研究。暮らしの身近な視点から、多様な価値観を認めあう社会のありかたを提唱している。バンバラ語、英語、フランス語、中国語、関西弁が話せる。

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