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京都不案内

京大周辺でひとりごはん

  3人の子が巣立って、ひとりごはんには慣れている。
 京都滞在の最初のうちは気功仲間の山下さんが親切にお米とか、食材をくださったものであった。しかし、お借りした鉄筋コンクリートの2DK、自分のではない台所はどうも使いにくい。外食のほうが楽。でも京都についてはまるで白紙。自分でお店を開拓しなければならない。
 朝、6時から始まる気功が終わるのが7時半くらい。
 朝ごはんは三択。近くにあるいくつかのパン屋さんで、なめらかな食感のサンドイッチか、焼きたてで湯気の立ったカリッとしたデニッシュ類を一つ買い、豆腐屋さんでペットボトルに詰めた豆乳を買って宿で食べる。意外に京都にはおいしいベーカリーが多い。小学校からの帰り道に数軒はある。東京の私の街にはパン屋さんがなくて往生する。
 この時間から開いているモーニングのできる店は二つ。「ワールドコーヒー白川本店」。ソーセージがサラダと一緒にどんぶりに入った豪華モーニングは690円もする。しかし、コーヒーはおかわり自由で、早朝から席がないくらい、地元に愛されている。
 もう一つは京大農学部近くの「小川コーヒー今出川店」で、目玉焼きが二つ付いたモーニングが450円。目玉焼きはやや焼きすぎで、黄身はあくまでもかたく、白身の端っこが焦げてチリチリしているが、これも慣れてくるとおいしい。ご夫婦でやっている店で、常連ばかり。京都のおばさん、おじいさんの家族や体に関する悩みを聞きながら、新聞や雑誌を読める。
 とはいえ、朝早く起きて気功をして体を動かすと、心地よく疲れ、宿に帰って爆睡することもしばしば。そして11時くらいにまた起きて、昼ごはんを食べに行くのが楽しみだ。京都というと観光地で高いというイメージがあるが、私の宿がある京大周辺は観光地価格ではない、普通の値段である。特に京大の学生に愛されているお店は安上がりなので、その辺を巡ることになる。一軒一軒、自分で確かめた結果、私がよく行くお店をご紹介しよう。昼時は京大生で賑わうので、私は11時半か1時過ぎに行く。 

「吉田チキン」
チキンの丸焼きの店。モモと胸肉が2つのったランチが800円くらい。スープ付き。

「まつお」
皿うどんとちゃんぽんの店。野菜たっぷり。一人前800円だが、600円の少量もある。なぜかおにぎりと明太子もメニューにある。店が清潔。夜8時まで。

「和洋キッチン松之助」
ハンバーグやエビフライのお店。「ご飯、普通でいいですか?」と聞かれて、「はい」と答えたら、とんでもない量だった。私には小でも多い。

「サコ、ブーン」
ほっそりしてなんでも知っているおばさんのやっているおばんざいの店。カレーライスもおいしいし、夜はワインを飲むこともできる。

「京都大学北部食堂」
なんとカレーライス240円。朝8時半にはオープンするので便利。

「くらり食房」
古民家カフェだがおいしい定食もある。2階席で街を眺めながらミントを入れたラムベースのモヒートなど飲んで、パソコンで仕事する。学生アルバイトが「本を読むならこっちの方が明るいですよ」と親切だ。

「ゴヤ(Asian chample foods goya)」
スペインの画家の名前なんだか、ゴーヤから来てるのか。沖縄料理メインの店だが、物によって味はかなり違う。海ぶどう定食がおいしかった。

 大学生が多いので、たいていどの店もWi-Fiが飛んでいる。MacBook Airを持って行って仕事をするにもいい。
 宿は、そのうち最初のマンションが使えなくなり、気功仲間のご厚意で、農学部の並木道に面した昭和初期の一軒家をお借りできることになった。2階建てだが、使うのは3畳の寝室と4畳半の掘りごたつのある居間と台所。安くお借りできるのは嬉しいが、一人でいる夜にトイレの水を流すたびに「通りゃんせ」の悲しいメロディが響くのには閉口した。それと、古民家だから夏は蒸し暑く、冬は底冷えがする。その話を近くのバーで隣に座った男性にすると、その人は京大の熱伝導の研究者で、「畳の上にダンボールを敷いて寝ると、間の空気が温まって冷えない」と教えてくれて、早速やってみた。
 その家も持ち主の都合でお借りできないことになり、今は、近くの気持ちのいい洋風ペンションを定宿にしている。

 しかし、京都に通いだして5年のうちにどれだけ店が変わっただろう。京都にずっといる人にはわからないかもしれないが、行くたびに店が閉まっている。そして新しい店ができている。
 例えば、素晴らしくおいしい銀ダラ西京焼きや分厚いトンカツを出していた定食屋「ケンケン」もなくなった。
 無化調の「吉田ラーメン」、気に入っていたのに閉店。こってりとあっさりと二種類あり、私はあっさりラーメン一つで十分なのだけど、唐揚げとご飯のセットもあるし、学生割引もあった。
 福島から原発避難で京都に引っ越した方がやっていたベジタリアン向けの店「トスカ」。ポルチーニキノコのリゾットなど絶品だったのに、なくなってしまった。 

 一方、借りている家の並び、横丁にはお店が増えてきた。
 これも栄枯盛衰あるのだが、まず、京都の有機無農薬系食堂として有名な「キッチン・ハリーナ」が越してきて、古民家を活用して営業中。体に良さそうな胚芽米のご飯のカレーやオムライス、おばんざい風の軽い定食もある。夜はお酒の品揃えがすばらしい。
 その並びには、不思議なカレー屋さん「ぴっぱら」が週末だけ開けている。「あそこはね、お店に入っても勝手に座っちゃダメよ。店の人が「どうぞ」と言って指差す席に座らないと」と教えられたので、その通りやってみた。本格インド料理、味はとてもおいしい。
 ちゃんとした京料理の店としては、京大工学部の近くに「大忠」があって、人柄の良い家族がやっている。ここは京大の友人もよく使う店で、「昔はよく研究会の弁当を取ってもらいました」と店主。ランチでも、定食に付いている煮物の野菜に細工がしてあるなどこまやかだ。
 銀閣寺の方に行くと「おめん」といううどん屋があって、やや観光地値段だけど、味はちゃんとしている。でも最近、「イカヅチうどん」というおいしい店が新しく今出川通にできたので、そっちに行くようになった。
 志賀越道を上っていくと、白川疏水の近くに、庭のある一軒家でベトナム料理を味わえる「スアン」という店がある。フォーだけでもいいが、1800円のランチはあれこれ付いて大変お得。ベトナム雑貨も扱っている。
 以前、白川疏水と北大路通が交わるあたりに、おいしい韓国料理「クリゴカフェ」があったのだが、そこは閉めてしまった。ここも韓国の雑貨や絵本などが置いてあって、京都のお店はどこもただの飲食ではなく、それに文化が乗っかっているような気がする。
 自転車を借りれば、どこまででもいく。
 川端二条と川端御池の間に韓国料理「ピニョ食堂」があり、いつも混んでいるが、コムタンやソロンタンが熱い釜のまま出てきておいしい。その近くにうどんの「仁王門うね乃」もある。ここは観光客が多い。

 さて、お風呂事情について少し触れたい。前に借りていた古民家はお風呂がなかったので、2日に一度は銭湯に行っていた。ここで銭湯の話をすると長くなるのだが、東京と同じで、このところどんどん廃業している。一番近かった風情もある「銀閣寺湯」がなくなった。
 今一番近いのは、百万遍あたりにある「東山湯」である。入り口になぜか長髪の若いジュリー、沢田研二のポスターが貼ってある。ここは銭湯のおばさんにも顔を覚えてもらい、雨など降ると「傘持っていきませんか」と声をかけてもらえるようになったのだが、なにしろ常連さんが怖い。3時、4時ごろに行くと、見知らぬ女はじろりと睨まれる。カランにおけを置いたとたん、「そこ私の場所や」と言われた。もうビクビクである。対して、京大の女子学生には優しい。「あんた、ほんとピチピチやな」「これ以上きれいになってどうするのん」なんて、髪を乾かしている学生さんは褒めてもらえる。
 一見さんお断りを地で行っているような感じだが、一度7時過ぎに行ったらガラリと客層が違って、会社帰りの女性がほとんどで気が楽だった。それからはその時間を狙っていく。だけど、底冷えのする冬の京都で、髪を洗って家まで帰ると冷える。
 もう一つ近いのは、東大路通にある「東雲湯(しののめゆ)」。ここはもっとオープンで庶民的な感じで、スーパーも近い。銭湯の帰りに、その近くで夕飯を食べる。美味しいトンカツ屋「おくだ」、安くてうまい中華料理「華祥」がある。そして京大の中を抜けて帰ってくる。

 東大路通をもう少し北上すると、出町柳駅を始発とする叡山電鉄の踏切があり、その先に高野団地という大きな団地がある。私の友人が以前そこに住んでいて、何度か泊めてもらったことがある。広い敷地に数階建ての建物が散在し、使いやすい間取りに、窓も両サイドにあって、子どもを育てるにもいい環境だった。

 さらに北上すると急に道が狭くなり、京都大学や京都工芸繊維大学の学生も多く住み、ラーメン街道と呼ばれるほど、ラーメン屋さんが多い。東京も今、ラーメンというのはどこまで複雑進化するのか、と呆れるほどであるが、京都も同じようなもの。そこにある「天天有」という店に入ったが、昭和な感じのお店でとても親切だった。スープは鶏白湯で結構濃かった。

 ラーメンと言えば、今出川通の白川疎水べりにも「ますたに」という古い店があって、朝9時から開いている。最初に行ったとき、「麺かた」の意味がわからなかった。そう言わないで出てきたラーメンはちょっと柔らかかった。全体に、京都はうどんもそばも東京より柔らかい。ここも鶏ガラのスープで、私にはちょっと濃い。
 「ますたに」の前には「麺や 向日葵」という塩ラーメンのうまい店がある。今出川通から白川通を北上すれば「ラーメンあかつき」がある。百万遍の交差点を北上したところには「キラメキJAPAN」というドロドロの白濁スープのラーメン屋があって人がよく並んでいる。これまたラーメンとは別物だが、嫌いじゃない。

 新しくできた店で、頭が高い、という感じの店もある。なんだか、店もさっぱりしているが、やたら対応が素っ気なく、それがかっこいいと思っているらしい。というところから話は大きくずれていくが、最新のガイドブックで京都の若い人が始めたお店を自転車で回ってみた。驚いたことに、ほとんどやっていない。定休日が決まっていなくて、不定休のようである。店というのは飽きないで商う。客を大事にして、定休日以外は休まない、というのがしきたりだと思っていたが。

 東京は家賃が高いので、気ままには休めない。しかし京都には、趣味でやっていて、気ままに休む店があるように思うのは偏見だろうか。そして空いていても、バイトの若い女性は常連さんとばかりお喋りしている。こちらが何か聞いても、可愛く首をかしげるばかりで、明確な答えは返ってこない。ゆるふわ、というのかなあ。

 何軒か続けてそんなお店にあたった後、私はたまたま寺町通の老舗茶舗一保堂に行った。喫茶もやっていて、1300円以上するお茶を飲んだのだが、お菓子が付いているし、丁寧に説明があって3煎くらいまで飲めたので、高いとは感じなかった。それから京都御所の近くの虎屋や裏千家の近くにある鶴屋吉信併設の茶寮にも行って、ホッとした。こうした老舗の店員は、物腰も丁寧だし、専門知識があり何を聞いても答えてくれる。やっぱり商売はこうでなくちゃ、とそのいい加減な店ばかり載せているガイドブックは即刻ゴミ箱に捨ててしまった。

 夜の居酒屋の楽しみについてはまた今度。

京都の人のつぶやき

編集部担当のKです。東京の人の目を通すと、いつもの京都がちょっと違って見える、そんな感覚を毎回楽しんでいます。
そして、長年住んでいるだけにいろいろ言いたいことも出てきて、生粋の京都人ではないものの、厚かましくもここでつぶやかせていただくことになりました。

「意外に京都にはおいしいベーカリーが多い」が意外だった。京都はパンの消費量が全国一、二位というのは、京都の人はよく知っている。
たとえば、今出川通はパン屋が多い。白川通から、かつて平安京の朱雀大路があった千本通までの間に、10軒くらいある。
そのうち京都在住のフランス人が太鼓判を押すのが、アルチザナル(boulangerie Artisan'Halles)。バゲットのおいしさは京都一といってもおかしくない。もうひとつはル・プチ・メック(Le Petit Mec)。『地下鉄のザジ』のポスターがはられ、フランス語のラジオが流れる店内でイートインもできる。
銀閣寺湯はなくなってしまったが、その近くの完全軟水の銀水湯はおすすめ。東山湯の入り口にはジョン・レノンとオノ・ヨーコのポスターも貼ってある。サウナではビートルズの曲しか流されない。
京都では、ほとんどの銭湯にサウナが付いている。若者の間での銭湯ブームの火付け役「サウナの梅湯」(五条)も京都のサウナ付銭湯。

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著者略歴

  1. 森 まゆみ

    1954年東京生まれ。作家。早稲田大学政治経済学部卒業。1984年に友人らと東京で地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を創刊、2009年の終刊まで編集人を務めた。歴史的建造物の保存活動にも取り組み、日本建築学会文化賞、サントリー地域文化賞を受賞。主な著書に『鴎外の坂』(芸術選奨文部大臣新人賞)、『「即興詩人」のイタリア』(JTB紀行文学大賞)、『「青鞜』の冒険』(紫式部文学賞)、『暗い時代の人々』、『子規の音』など。

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