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日本の「空気」――ウスビ・サコのコミュニケーション論

日本の暮らしと季節感

毎年、春がくると学長として新入生への祝辞を述べるのですが、そこでは必ず季節についてふれるようにしています。私自身はそれほど季節の変化を意識していないのですが、日本では4月になれば誰もが自然と気分を一新し、新たな一年の始まりを祝うのが一般的だからです。この気分は桜によって高められているようです。

おそらく2020年度も、盛大に花見をしたり、新入社員・新入生の歓迎会を開いたりといったことが予定されていたことでしょう。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大と予防のためのさまざまな規制によって、例年通りに春を愛でることはできませんでした。それでも、やはり新しい季節の訪れに我慢できなかったのか、花見をする人びとの姿をちらほらと見かけました。なぜ、日本人はそこまでして花見をしたがるのでしょう。どうして季節の始まりを祝福しないと、一年が始まったように感じられないのでしょう。これは30年近く前に日本へ来てからずっと疑問でした。

すでに花は散り、すっかり葉桜の季節になってしまいましたが、今回は、四季というものがないマリ出身の私が日本の花見に感じた戸惑いや、日本人とマリ人の自然観の違いについて書いてみたいと思います。

花より団子
来日した当初、日本の花見は私にとって得体のしれない文化でした。なぜ、花などをわざわざ見に行かなければならないのか。先述のとおり、マリには四季がありません。ですから、毎年決まった時期に花を見に行くという発想がそもそもないのです。はじめて花見に参加したとき、これは何のための場で、何をすべきなのかと、大いに戸惑いました。日本では何ごとにつけても作法というものがありますから、花見の作法は一体どんなものなのか、花を褒め称えるのか、花言葉を覚えて披露しあうパーティーなのか、とひとりで考え悩んだのでした。

日本人の知人・友人とはじめて鴨川沿いで花見をすることになった日の朝、「買い出しに行かなきゃ!」「ブルーシートをもって行け!」などと、メンバーの全員がやたらと忙しそうにしている理由がわからず、困惑するばかりでした。花と飲食物とブルーシートが、私のなかでまったく結びつかなかったのです。日本人が花見にかけるエネルギーは尋常ではありません。事前の準備を見ているだけでも、どうしてここまで細かく役割を分担し、徹底的に準備するのだろうかと驚かされます。とくに、場所取り係の人がブルーシートの上でこごえながら孤独に過ごしている姿を見ると、何ともいえない気持ちになります。日本人は花見という目的が設定されると、全員が一丸となって、全力で協力し合うようです。

さて、このように朝から全力で準備をしたのに、花見そのものは夕方にならないと始まらなかったのも不思議でした。日が暮れてしまうと、当然のことながら、肝心の花は暗くて見えません。花を見なければいけない会だと思っていた私は、一生懸命花の写真を撮ろうとしたのですが、全然きれいに撮ることができず、お手上げでした。しかし、ほかの参加者は花が見えないことなどまったく気にもしていない様子でお酒を楽しんでおり、そもそも、はなから花を見ようとすら思っていないようでした。このときはじめて、私は「花見」とは「飲み会」のことなのかと思い至ったのです。

「送り火」はパーティーではない
何度も参加するなかで、花見とは、それ自体が目的なのではなく、コミュニケーションの場であることがよくわかってきました。花見だと言って誘えばたいていの人は断らないこともわかってきて、私自身も気がねなく花見を企画するようになりました。春が訪れるたびに、さまざまなグループと何度も花見をするようになり、今では花見に必要なあらゆる道具が自宅にそろっているほどです。

その勢いにのって、京都のお盆の風物詩である「五山送り火」に合わせてパーティーを企画し、鴨川でピクニックをしようとしたことがありました。ところが、予想に反して近所の知人は乗り気でなく、「サコさん、送り火はお盆に帰ってくるご先祖様の魂を送り出す行事でね。パーティーじゃないんだよ……」と注意されてしまいました。以来、日本の行事や祭のすべてがパーティーではないということを肝に命じています。 

人間関係の壁を崩す花見
花見は、年度が変わるタイミングに毎年催され、人間関係をリセットする機会ともなっています。ふだんはあまり話さない相手とも親しく語り合えるコミュニケーションの場なのです。日本人は一年に一度、桜の下で人間関係を再確認しています。日本の宴会は、いくつかの儀式を経て始まります。挨拶をする人や乾杯の音頭をとる人などは、組織の序列を踏まえてあらかじめ手配されています。儀式のプロセスは非常に長く、参加者全員がおいしそうな料理を前にして、挨拶が終わるのをじっと待っていなければなりません。

しかし、乾杯が終わってからある程度時間が経つと、状況は一変します。あらゆる人間関係の「壁」が崩れていくのです。それまでほとんど話したことのなかった人から、「おい~、サコ〜、お前〜!」と急に親しく話しかけられたときは驚きました。こんなに親しい関係だったかなと戸惑っていると、また別の酔っ払った人が「サコ〜、えらい黒いね〜、ハハハ」と声をかけてきます。その空間は、乾杯前とはうって変わって、別世界でした。日本のありとあらゆる場で、このような宴会を通してつくられる人間関係を経験してきました。宴会のなかで私が一番驚いたのは、このように「壁」が崩れることを立場に関係なく全員が容認し、しかも多少失礼な発言があってもその人の評価は変化しないことです。また、花見の席では「サコ〜」と親しく接してくれた人たちが、翌日にはふだん通りの距離感を保ったおとなしい人に戻ってしまうことにも驚きました。

マリで生まれ育った私には、桜の開花のような自然現象が、季節の移ろいのなかでコミュニケーションのきっかけを生み出すという発想は皆無でした。花見の文化は、組織のなかの凝り固まった壁を一時的にとり払い、人間関係を再確認する場を周期的に生み出す機能をもっているようです。花見によって、日本人は見違えるほど開放的になります。私は、どれほど四季というものが日本人の精神やふるまいに大きな影響を及ぼしているのかを目の当たりにしました。

変化する宴会文化
今の花見は昔ほど強制力をもたないように思います。大学のゼミや事務局の飲み会でも、全員が参加すべきという考えがなくなっていますし、以前ほど、参加しない理由も聞かれません。「ひとりになりたい」という選択が許されるようになってきており、実際にひとり花見を楽しんでいる人も見かけます。

しかしその一方で、個人の意向に理解を示しすぎることが新たな問題を生み出してもいます。個人的な経験ですが、ゼミの行事に参加したくても人付き合いが苦手で断ってしまうという学生が、少なくとも毎年1、2名ほどいます。行事に参加しないで何をしているかというと、じつはひとり寂しく過ごしているらしいのです。それでいて集団の行事に参加する勇気がないというジレンマをもっているようです。個を重んじつつも、共同体に参加できるかたちを模索していく必要があるのかもしれません。

また、花見の個別化は、自然への接し方も変えていくかもしれません。集団の花見においては、桜を見ることよりも、桜があるところに集って共通の意識を共有することが重要でした。それに対して、個人の花見はその人の感性や価値観にゆだねられるようになるでしょう。

マリの自然観
マリにも昔からアニミズム的に自然を崇める信仰が多く存在しています。そこでは、個人ではなく村や社会全体が、恵みの雨といった自然現象を享受する感覚があります。例えば、葉っぱの色が変わったり、木に花が咲いたりしたとき、それを個人の感性において祝うのではなく、村や社会全体への神様からのメッセージだと受け止めることが多いように思います。

マリのセグという町には、不思議な植物(樹木)が生えています。学術的には「シロアカシア (Faidherbia albida)」のことなのですが、現地では「バランザン(Balanzan)」と呼びならわされています。このバランザンがほかの樹木と異なるのは、雨季になると落葉して、まるで枯れているように見える一方で、乾季になると緑に溢れ、生き生きとした姿を見せることです。バランザンにまつわるエピソードは、セグのさまざまな伝説や説話、伝承、また、語り部が歌う内容にもひんぱんに登場します。かつてのセグの王様の物語にも、さまざまな場面で奇跡をもたらす植物として登場します。同じように、マリのドゴン族の世界観では、バオバブの木がそうした存在として扱われています。こうしてみると、マリ人にも季節の移り変わりを示す自然現象を意識してきた面があるのかもしれません。

日本とマリの「一年の始まり」
マリと日本の決定的な違いは気候と季節そのものです。マリには二季しかないのに対し、日本には四季があり、しかもそれが自然現象として目に見えるかたちで現れています。また、日本では季節と一年間の行事とが密接につながっており、それも自然との付き合い方や自然への意識に影響を及ぼしています。 

日本では「春」=「一年の始まり」と考えられていますが、マリ出身の私からすると不思議な感じがします。というのも、マリの学校は9・10月に始まるため、私のなかでは「一年の始まり」というと9・10月だからです。また、マリの9月は雨季が終わる時期で、10月は新しい穀物が獲れる時期です。自然の恵みをいただくこの時期には、さまざまな祭りが行われます。収穫が終わり、「これから一年を楽しむぞ!」というタイミングに一年が始まるのです。そのかわり、9月までの時期はひたすら働かなければならず、どちらかというと楽しいイメージではありません。

しかし、日本の場合は、これから耕したり、田植えをしたりする時期が一年の始まりとなっています。マリでは一年が収穫祭から始まる一方で、日本では耕すところから始まることを考えると、一年のサイクルは人びとの自然観や社会基盤と密接につながっていることがわかります。

新型コロナウイルス感染症の影響で、もしも日本の一年の始まりが9月になってしまったら、おそらく、多くの日本人はかなりの違和感を覚えるのではないでしょうか。たしかに大学などの教育機関が、国外のさまざまな学校との共同教育プログラムを充実させるために4月以外の入学時期を設定することは必要でしょう。しかし、文化的な背景を考慮して、「年度」を季節と自然の流れに合わせることも重要であると考えられます。日本人は、季節ごとに生え変わる草花をモチーフにしてコミュニケーションをとってきましたし、春に「新しい」というイメージをもち、心機一転しようとしてきました。私は、「新しいことに挑戦する勇気」や「やり直せる感覚」が集約される桜の季節が、これからも一年の始まりであり続けてほしいと願ってやみません。

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著者略歴

  1. ウスビ サコ

    京都精華大学学長。
    マリ共和国で生まれ、中国の北京語言大学、東南大学を経て1991年に来日。京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士後期課程終了。博士(工学)。2001年より京都精華大学の教員。
    専門分野は建築計画(住宅計画、居住空間計画)。「空間人類学」をテーマに、学生とともに京都のまちを調査し、マリの集合居住のライフスタイルを探るなど、国や地域によって異なる環境やコミュニティと空間のリアルな関係を研究。暮らしの身近な視点から、多様な価値観を認めあう社会のありかたを提唱している。バンバラ語、英語、フランス語、中国語、関西弁が話せる。

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