世界思想社のwebマガジン

MENU

進化生物学者がイヌと暮らして学んだこと

犬の寿命についてと、キクの大往生

 4月15日は、キクマルの命日だった。スタンダード・プードルのキクマルは、2019年の4月15日に逝った。2004年5月24日生まれだったから、15歳にとどくまで、もうほんの少しだったのに。

 ネコの方がイヌよりも長生きするらしく、イエネコでは、20歳以上まで生きる場合もある。うちの初代ペットであるネコのコテツも、拾ってきたのが1983年の3月、逝ったのが2002年の8月であるから、あと少しで20歳だったのだろう。しかし、イヌで20歳はあまり聞いたことがない。この違いは、イヌとネコの本質的な差であるようだ。

 動物の潜在寿命を決めている大きな要素の一つが、活性酸素を処理する能力のレベルである。活性酸素とは、電子の数と配置が普通の酸素とは違って不安定な形になっている酸素原子だ。反応性が高く、いろいろなものと結びつく。生きていく上では、その効能もたくさんあるのだが、一方で老化の原因ともなる。

 動物の体内には、この活性酸素を退治する酵素があり、その悪い作用を防止している。スーパーオキシドディスムターゼという、長い名前の酵素だ。そして、この酵素のレベルが高い動物ほど、潜在寿命が長いのである。ヒトはこの酵素のレベルがとりわけ高く、チンパンジーのおよそ2倍だ。そして、チンパンジーの潜在寿命が50歳ほどなのに対して、確かにヒトは100歳以上まで生きられる。実際、いろいろな動物で、この酵素のレベルと潜在寿命との間にはきれいな相関が見られるので、活性酸素への対処力は寿命を決める重要な要因に違いない。

 そう考えると、ネコとイヌのスーパーオキシドディスムターゼのレベルを知りたいと思うのだが、ざっとネットで見ても、なかなか正確なデータが得られない。今、新型コロナ感染対策で在宅勤務の状態なので、縦横無尽に論文データを調べられないのがもどかしい。これは、いつか調べておこう。

 イヌ全体としての潜在寿命は、10歳から18歳ぐらいと言われているが、犬種によってかなり異なる。概して、大型犬ほど寿命が短い。たとえば、全犬種の中でもっとも体高が高いアイリッシュ・ウルフハウンドは、雄の体高80cm、体重54から70kgで、寿命は6から8年である。バーニーズもグレートデーンも、6から8年だ。ラブラドールやゴールデンでは、およそ11年。それに対して、体重6.5kgほどのジャック・ラッセルやヨークシャーテリアは、13から16年。もっと長く生きる場合もあるそうだ。ダックスフントもポメラニアンも16年ぐらいは生きるらしい。

 スタンダード・プードルは大型だが、結構長生きである。ラブラドールやゴールデンよりも長生きする傾向があり、12年ぐらいは生きるということだ。キクマルは体高69cm、体重25kgだったが、あと1ヶ月で15歳というところまで生きたのだから、中でも長生きだったのだろう。

 ここで、また疑問だ。哺乳類では、普通、からだの大きな動物ほど長生きするという法則がある。それなのになぜ、イヌでは、大型の犬種ほど寿命が短いのだろう? よく言われるように、ゾウとネズミを比べると、ゾウの方が時間がゆっくり流れて長生きし、ネズミは生き急いで早死にする。哺乳類の代謝速度や成長など、からだの働きに関する多くの指標は、体重のx乗と相関しており、大きな動物ほど時間がゆっくり進む。これらは、アロメトリー関係として知られている。

 ヒトでは、小柄で痩せ気味の人の方が、200キロの巨漢よりも長生きする確率が高いということはある。しかし、この例が、犬種間の体格の大きさにスライドできるものなのかどうかは疑わしい。200キロの巨漢は、メタボで心臓病などの可能性が高いから寿命が短くなるのだが、大型の犬種は、メタボで心臓病の確率が高いわけではない。

 では、どうして大型犬ほど寿命が短いのか? これも、まだ私が答えを見つけられていない疑問である。ちなみに、イヌの祖先であるオオカミの野生での寿命は、およそ6から8年のようだ。小型の犬種は、ネズミ獲りなどの仕事や可愛らしさに関係する形質を人為選択して作られた品種だ。そのような形質を標的に選択した結果、偶然、長生きに関係する遺伝子も選択されてきたのかもしれない。

 

 イヌに関するいろいろな情報によると、イヌは2歳で、人間で言うところの24歳ぐらいに達し、それ以後、1年に7歳ずつほど年をとっていくと言う。これは、「◯歳のイヌは、人間で言うと何歳ぐらいなのですか」、という質問に対する一般的な答えである。動物ごとに成長曲線も加齢の様子も、暮らし方も異なるのだから、人間で言えば何歳かというのは、一概には言えない。しかし、伴侶として暮らしているこの子が、人間で言えば何歳ぐらいなのか知りたいと思うのが人情なのだろう。私は、これまでいろいろな動物を研究してきたが、ヒツジやゾウやチンパンジーについて、同じ質問を受けたことはない。

 イヌは2歳でヒトの24歳というのは、繁殖可能になる時期と、いろいろな意味で成熟する時期とを考慮しての推測だろう。イヌでもヒトでも、2歳または24歳になる前に、繁殖は可能である。しかし、繁殖できるということとは別に、ああこの子は一人前に成熟したねという感じは、それぞれ2歳と24歳ということか。

 そして、それ以後、1年ごとにヒトで言えば7歳ずつ年をとっていく、というのは、かなり大雑把な推定である。そうであれば、キクマルは、15歳だとして、24+13×7=115歳ということだ! キクちゃん、ほんとに長生きだったのねえ。では、今のコギクは5歳だから、24+3×7=45歳。なに、君はもう中年なのか。まったくそうは見えないけど。

 ヒトでは何歳に当たる、という言い方をすると、ヒトの生活史の中でのいろいろな状況を思い浮かべてしまう。25歳と言えば、就職してまだ数年で結婚前、45歳と言えば、そろそろ中年で中間管理職か、60歳と言えば定年間近、などなど。でも、イヌの暮らしには学校もないし就職もない。だから、そういうイメージでの比較はよくない。純粋に体力的な衰え、からだの老化という意味での目安である。その意味では、コギクはもう、元気の盛りは過ぎつつあるということだ。

 だから、生後6ヶ月のマギーに負けそうになるのである。マギーは元気のかたまり。お兄ちゃんにからむ、からむ。本当の筋力としては、コギクの方がまだずっと強いのだが、あんなにのべつまくなしにからまれると、コギクの方が疲れてしまうらしい。ワンコプロレスが10分以上続くと、コギクは「もうジェットが切れちゃった」とでもいうように、逃げの体制に入る。それをマギーがしつこく追いかける、というのが、今の日常だ。

 

 それにしても、キクはとても健康で元気に暮らした。大きな病気をすることもなく、怪我もなく、小さいときから代々木公園で走り回って、思う存分にからだを鍛えて楽しんだのだと思う。そしてだんだんに弱ってきたのだが、死ぬ1年前、2018年の5月に後ろ足が動かなくなった。お散歩には行きたいのに、後肢が動かない。前肢は動くのだが、後肢がヨロヨロでだめなのだ。初めは、獣医の先生からいただいた弾力のある紐をキクの腰に巻き付け、それを私たちが手で持って歩かせていたのだが、あまりにも重いのでこちらが疲れてしまう。

 これはもう限界だと思っていたときに見つけたのが、ワンコ用の車椅子だった。厚木にある「ポチの車イス」という店で、ワンコを連れて行くと、その場で採寸し、2時間ほど待っている間に、その子専用のサイズのものを作ってくれる。待ち時間には、近くにあるワンコOKのカフェで休んでいればよい。そうしてできた車椅子は最高で、キクは、乗ったとたんにシャカシャカと嬉しそうに歩き出した。動かない後肢はベルトで吊って、よく動く前肢で縦横無尽に動くのである。

 おかげで、こちらも楽になり、キクマルは従前通りにお散歩ができるようになり、快適な暮らしが戻った。伊豆の庭でも、代々木公園でも、葉山の海岸でも、坂道もなんのその、キクは車椅子で快走する。左右のバランスが悪いところにくると、コロンとこけるのだが、起こしてやると、また快走。本当に水を得たように元気になってよく歩いた。

2018年5月、葉山の海岸にて

 6ヶ月ほどで、この車椅子が壊れた。また厚木の店に行って修理してもらったが、「こんなによく使い込まれた例は見たことがありません」と言われ、作り手さんの方も嬉しそうだった。この車椅子は、キクマルの生活の質(QOL)の点で、見事な役割を果たしたと思う。小さいサイズから大型まで、オーダーメイドですので、お困りの方はお試しください。


2019年2月、代々木公園ドッグランで快走するキクマル

 これで、後肢の問題は解決したのだが、死ぬ半年前ごろから、どういうわけか夜泣きをするようになった。「キャン、キャン、ヒン、ヒン」と、独特の声で泣く。どこか痛いのだろうか。そのころから、お灸と鍼の病院に連れて行った。どのイヌにも効果があるとは限らないようだが、これは、キクにとっては効果があったらしい。お灸の翌日は少し元気になっていた。病院では、「お父さんより年寄りなんですから、気をつけてあげてください」と言われた。確かに、お父さんよりずっと年寄りだわ。

 

 そんなこんなで、最後の1ヶ月、最後の1週間と、だんだんに弱っていった。それでも、キクは毎日、車椅子でお散歩に行った。やんちゃざかりのコギクと一緒ではペースが合わないので、お散歩メニューは別々。コギはさんざん走らせるが、キクはゆっくり、そこらを回っておチッチとプップをするだけ。だんだんに食べる量も減っていった。

 亡くなる前の金曜日の夕方、一度「危篤」になった。が、お医者さんで点滴してもらって回復。でも、「もう老衰ですから、あと2、3日ですかねえ」、と言われた。翌日の土曜日には、うちでイヌ友達のパーティをすることになっていた。キクは一応持ちこたえているので、パーティはやることにした。7人が来てくれて、みんなのお手製の料理がたくさん振る舞われ、飲まない人もいるのにワインが全部で6本も空いた。キクはずっと寝たきりだったけれども、少し缶詰を食べた。目はしっかりしていて、みんなが騒いでいるのを楽しんでいるようだった。

 翌日の日曜日、キクは寝たきり。朝からハアハアしていて、もう歩けないのでおチッチには出られず、ペットシーツでおもらし。この日も、たくさんのお友達のパパ、ママがお見舞いに来てくれた。夕方には、ドッグ・シッターのちいちゃんがグリーン・スムージーを作ってくれて、キクはスポイトで少し食べた。近所のスーパーで、偶然、モンサンとモンサンパパに出会い、帰りがけにお見舞いに来てくれた。モンサンは、コギクより半年ぐらい年上のボーダーコリーで、代々木公園朝一組の常連である。キクともコギともよく遊んだ。モンサン父さんは、バーの経営者で、うちの亭主は、たくさんのおつまみレシピを教えてもらっている。モンサンが寝たきりのキクに顔を近づけてご挨拶し、そのあと、コギクはモンサンとワンコプロレスをした。夜、キクはハアハア、ヒンヒンと呼吸が速く、亭主はリビングでキクの横で添い寝した。

 4月15日の月曜日。私は、葉山の大学本部で仕事だったので、朝早くに出た。そして、12時16分に亭主から電話。キク逝く…。熱が高いようなので冷やしてあげようと、ちょっと離れて戻ってきたら、もう息が止まっていたそうだ。この日、私は、13時半から共同通信のインタビューがあった。昨今の大学改革に関する話だったが、何を話したのか、まったく覚えていない。幸い、私のインタビューだけの記事ではなく、多くの大学人から聞いたことをまとめる記事だったので、私の話は薄まっていた。

 それにしても、これぞ本当の大往生。寝たきりだったのは、最後の3日間だけ。素晴らしい人(犬)生でした。元気に天国に上って、あちらでも走り回っていることでしょう。以前、知り合いのお医者さんが、本当に長生きして亡くなる人たちは、別になんの病気ということもなく、最後まで元気でいながらすーーっと亡くなる、何が悪いというわけでもない、それはミトコンドリアが一斉操業停止になったみたいだと言っていた。私は、キクマルが亡くなる過程を見ていて、改めてそうだなあと思う。

 先に、活性酸素の退治が寿命と関係があると述べたが、生きるためのエネルギーを燃やしているのは、個々の細胞の中にあるミトコンドリアだ。そして、活性酸素が生じるのもミトコンドリア内である。肝臓だの心臓だの、何らかの臓器に不具合があって亡くなるのではなく、ただ老衰で徐々に火が消えるように命が尽きる。それは、やはり活性酸素とミトコンドリアの活動と関係があるのではないだろうか? キクが逝ったのは4月15日だが、キクと同腹のきょうだいたちで、病気にならずにその年まで生きていた4匹のみんなが、その前後の1週間以内に逝った。これも、ミトコンドリアの活動に関する遺伝的基盤が共有されていたからなのに違いない、と私は考えている。

2019年4月6日。最後まで車椅子でお散歩していた。

 翌日から、イヌ友達の弔問と供花が相次ぎ、なんと総勢60人強の人たちからお悔やみをいただいた。これもキクの犬徳です。うちには、アンティークも含めて、いろいろな小さいグラスがたくさんあるのだが、それら全部が総動員で、訪れた人々による献杯に使われた。キクの遺体を安置したソファの回りは、花かごであふれた。亭主は、自分自身の葬儀にも、これほどの人は駆けつけて来ないだろうなどと言っていた。なにはともあれ、ありがたいことだった。

 4月17日、キクの遺体を伊豆に運んで庭に埋めた。雨降りの日だった。ネコのコテツのお墓のそばに穴を掘って埋め、墓石ならぬ丸太を置いて、周囲に花を植えた。キクちゃん、えらかったね。ほんとにたくさんの人々を幸せにしてくれたね。

 キク曰く、「みなさん、おおきに。オリンピックやら、その中止やら、コロナによる緊急事態宣言やらで大変ですが、がんばってや。ワシも天国から応援しとりますぅ!」

 ―キク、天国にはウィルスはいないの? 

 「おらんです。そういうのがないから天国なんや。」

 ―じゃ、ウィルスは天国には行けないわけ? 

 「そうですな。天国というものが作られたときには、ウィルスという概念はおませんでしたからね。ああ、そうか、天国にはウィルスもおるけど、奴ら、ここでは誰にも悪さはせんのですわ。だから、おるかどうかも、誰も気づかへんのや。」

 ―そうか、天国の住人は、もうこれ以上増える必要がないから、宿主を食い物にすることもないんだね。納得、納得。

バックナンバー

著者略歴

  1. 長谷川 眞理子

    総合研究大学院大学学長。専門は行動生態学、自然人類学。野生のチンパンジー、イギリスのダマジカ、野生ヒツジ、スリランカのクジャクなどの研究を行ってきた。現在は人間の進化と適応の研究を行なっている。著書に『クジャクの雄はなぜ美しい?』(紀伊国屋書店)、『進化とは何だろうか』(岩波ジュニア新書)、『ダーウィンの足跡を訪ねて』(集英社)、『科学の目 科学のこころ』(岩波新書)、『世界は美しくて不思議に満ちている ―「共感」から考えるヒトの進化』(青土社)など多数。

閉じる