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京都不案内

京都の交通事情――バスと自転車

 2015年の5月に京都に行った時、しばらくぶりだし、気候はいいし、早朝の気功が終わるとやることはないし、張り切ってあちこち出かけた。といっても観光ではなく、散歩である。幸い、京都の友人が、あちこちのおいしいお店の情報もくれた。

 まず、新緑の綺麗なところに行こう。
 友人のオススメは北野天満宮境内に残る、豊臣秀吉が築いた御土居。紙屋川沿いに青もみじがアーチをつくり、本当にきれいだった(4月上旬~6月下旬に史跡「御土居」の青もみじ公開)。帰りに北野天満宮を参拝。昔、ものすごく寒い時にここの市「天神さん」に古布の取材に来たのを思い出す。「人の持ってはった着物にはその人の念がこもってますねん。しつけの取れてへん晴れ着やらは、家が没落したり、縁談が壊れたりの、不幸を背負っていますのや。そういうのをむやみに買って着いひんほうがよろしおすえ」と古布を商う女性に言われたのを思い出す。
 あの時、訪ねた古布の店では15歳くらいのお嬢さんが派手な模様の着物の上にまた派手な帯を合わせていて、まるで七五三みたいだった。東京では「粋で高等(こうと)な」というのが褒め言葉で、絹物なら鮫(さめ)小紋とか霰(あられ)とか藍微塵(あいみじん)とか、木綿なら紺や茶系の渋い縞柄が好まれる。もう一つびっくりしたのは、店主である女性が自分の孫娘に「かなちゃん、宿題してはる?」「いい着物きてはるなあ」と敬語を使ったことだ。
 北野天満宮を後にして、上七軒の花街に出た。なるべく観光的でないうどん屋で「にしんうどん」を食べた。喉越しがなめらかでおいしかった。そういえば、この店に気に入った麦わら帽子を忘れたけれど、それきりだ。この花街は西陣の旦那衆で保っていたらしい。上七軒を抜け北上し、釘抜地蔵で有名な石像寺を見たあと、さらに東へ歩き、千本通を北上して千本釈迦堂を見た。鞍馬口通を東に歩き、船岡温泉につかって帰った。
 ある日は、朝、9時ごろに滞在場所から近い吉田山の東に位置する真如堂まで借りた自転車で行った。天台宗のお寺で庭がいい。さらに黒谷の金戒光明寺に行ったら会津藩殉難者墓地があった。門前のカフェが早くから空いていて、サンドイッチがおいしい。「ベジタリアンの外国人が多く来るので、野菜サンドがよく出ます」とのこと。確かに京都には欧米人も多い。気に入って住んでいる人もいるし、英語の先生などの仕事もある。彼らは意識が高いのか、東京よりエコとかビオとかの食材の店も多い気がする。
 岡崎通を南下して丸太町通に達すると、平安神宮に出る。平安神宮の北西角に武道センターがある。弓道大会開催中で、たくさん欧米人がいた。ことに京都でこうした日本の武芸や参禅をしているのはフランス人が多いようだ。今やフランスの方が柔道人口も多いというし、合気道や剣道、弓道も人気だ。しかしここで自転車がパンクしてしまい、大変な目にあった。 

 京都に行くと一番思うのは交通事情の違いである。
 東京では、数十年ここに生まれて住んで使っている私でも乗り換えがわからないほど、十数本の地下鉄が絡み合い、私鉄も乗り入れている。私は都内ではどこに行くのもたいてい地下鉄。これが一番便利で早い。地下鉄サリン事件があったし、直下型地震に地下で遭遇したくないな、とはいつも思うけれど。
 それに対して、京都には地下鉄が2本しかない。南北に走る烏丸線と東西に走る東西線だ。JRの主要駅は京都駅と二条駅しかない。東京では山手線がぐるりと都心部を取り囲み、中央線・総武線もあって、新幹線の切符を買いに行くにも私なら巣鴨や駒込、水道橋まで自転車で10分も走ればいいが、京都ではそうはいかない。私は60歳を過ぎてからジパング倶楽部の30パーセント引きで切符を買うので、窓口に行くしかない。帰りの指定席の切符を買ってしまうと、その変更にも京都駅か二条駅まで行かなければならない。そしてジパング倶楽部は新幹線ののぞみには使えない。ということで、帰りの切符は事前には買わないで、当日京都駅でひかりの自由席を買うように落ち着いた。 

 このような次第で、京都市民の足は断然バスである。
 京都駅前から京大方面に行くには15分に1本ほど来る市バス17番線がいい。鴨川と並行する河原町通を北上し、繁華街の四条河原町、京都市役所のある三条河原町を通り、今出川通に出ると右折して、賀茂川と高野川が合流する風景を見ながら橋を渡る。さらに東に走ると京大吉田キャンパスが面する百万遍に至る。とにかく遠い。駅から40分以上かかる。そして、以前に比べなんと混んでいることだろう。大きなトランクを持った外国人が次々、バスに乗り込んでくる。中国の人が圧倒的に多い。しかし、目があって「中国の方ですか」と聞くと、「いえ、台湾人です」「韓国人です」という答えが返ってくることもある。私には見分けがつかない。
 あっという間に満員になり、バスは停留所で待っている地元のおばあさん、おじいさんを乗せずに通過する。帰りにバスに乗るときも同じである。観光客ではないが、自分もトランクを持ったよそ者だから、呆然としているお年寄りの表情が辛い。 
 そんなわけで、バスの持つ意味は京都では東京よりずっと重要だ。みんな「何番のバスに乗って」という話をよくする。京大農学部前からだと、京都駅へ行く市バス17番のほか、今出川通をまっすぐ行く203番が便利で10分に1本は来る。これに乗って烏丸今出川(今出川駅)まで行き、そこから地下鉄に乗り換えれば、10分ほどで京都駅に着く。203番は銀閣寺と金閣寺を結ぶ線なので、観光客で混んでいる。観光客用のエクスプレス101番というのもあるが、京大農学部前は停まらず通過する。京阪バス、京都バスという私営のバスも走っている。京都市バスの路線は本当に複雑で、路線地図をもう何回もらったかわからない。1回の乗車が230円なので、3回乗るなら、600円のバス一日券を買ったほうがお得。

 5月には、京都国際写真展が開催されていて、バスの一日乗車券を使って見てまわった。これもなかなか面白かった。30年ほど前、全国町並みゼミが京都で行われた時、私はフランス文学者でエッセイストの杉本秀太郎さんのお宅や、京都生活工藝館無名舎の吉田孝次郎さんもお訪ねしたのだった。杉本さんは亡くなられたが、会場の一つになっていた無名舎で吉田さんにばったりお会いするとお変わりなかった。
 祇園新橋伝統的建造物群保存地区にある、白川にかかる橋を渡って入る会場で、フォスコ・マライーニの写真展「海女の島:ルガノ文化博物館コレクション」をやっていた。これが一番面白い。特に、裸の海女さんのなんと生き生きとして健康的なことか。
 フォスコさんは私の知人の知人で、イタリアに行くならフォスコに会ってこいと言われていたのだが、2004年に亡くなられ、その機会を逸した。丈高い、美丈夫の文化人類学者・登山家で、1938年に日本に留学し、北大でアイヌの研究などをした。戦時中は京大でイタリア語を教えていたが、イタリアの無条件降伏後は敵国人として名古屋の外国人収容所に収監された。その娘がダーチャ・マライーニ。

 もう一つの市民の足は自転車。みんなよく自転車に乗っている。羨ましいのは、大きな自転車屋さんがあちこちにあって、パンク直しも、空気入れも嫌がらずにやってくれること。私も京都滞在中は、自転車を借りている。
 たぶん京大生の自転車通学率は、東大生の倍くらいじゃないかと思う。東京では地価が高いので東大生は本郷周辺には住めない。もともと自転車通学の人は少ないうえ、利の薄い自転車屋さんはどんどん減ってきている。それにどこに行くのも坂道を超えなければならない。私なら白山から本郷台の坂を下り、上野台に登ってまた下りて浅草へ至る。逆にいくと指ヶ谷を越え、小石川の台地に出て、また下りて小日向とか目白台に至るとか。それで最近は、ママチャリはみんな原付に変わった。京都だとそれはない。三方は山だが、囲まれた盆地は平らだ。
 と思うのはどうも間違いらしい。実は北白川あたりから一乗寺・修学院方面へ北上するときは自転車を漕ぐのは大変、反対に京都駅方面に走るときは微妙に下りていくので楽ちん。京大の北側、茶山あたりの美容院に入って「今日は結構冷えますね」というと、「この辺まで来ると京都駅周辺より気温がずっと低いんです。だってこの辺、京都駅よりも30メートル以上海抜が高いんですよ」という。これには驚いた。 

 そんなふうにうかうかと私は2週間も京都にいた。その時は、まだ、Nさんが私に厳しい食事指導をしていた。「眠りかけていたがんを放射線で痛めつけたので、がんは少しのすきにも転移しようと狙っています。今はお酒はダメです。お茶かせいぜい梅酒。また豚肉とか牛肉も良くない。食べるならクジラか羊、鳥の砂肝がいいでしょう、砂糖はパルミラ椰子というのを探しなさい」。どのがんの本を読んでも菜食と玄米と書いてありますが、と私。「玄米は合う人と合わない人がいます。それに季節によっても違う。夏はちょっと胃にもたれるかな」。
 毎日、体の欲する食べ物は変わるそうである。エリンギを食べなさいと言われたり、銀杏がいいとか、ブラウンマッシュルームがいいとか、なかなか手に入らないものもあった。
 トランクの荷物も増えたので、帰りは駅までタクシーでいくらかかるか行ってみようと思い立った。乗ってみたら案外安く2400円ほどで京都駅八条口に着いた。

 少し春めいて、樹木気功がしたくなって、久しぶりに京都を訪ねた。コロナ騒ぎでガラガラではないか。中国人観光客の姿がない。バスも以前よりずっと空いている。運転手さんの「止まります」「動きます」という簡潔なアナウンスが懐かしい。前には随分不機嫌な運転手にも当たった。今回は少し、客も減り、機嫌がいいようだ。しかし、あいかわらず見ていると仕事量は多い。ショッピングカートを持ったお年寄りが乗車できないと、運転席から降りて世話をする。車椅子の乗客がいると、まず椅子を倒して車椅子のための場所を空け、乗るのを手伝う。小銭をお財布から10円ずつ出して払っているおばあちゃんもいるし、バス一日券の見せ方がわからない人もいる。「シンプリイ・ショウ・ザ・デイト」と英語のアナウンスもあるのだが。京都に限らないだろうが、バスの運転手さんは大変だ。どうやったら手伝えるのかなあと思いながら、手も出せずに見ていた。

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著者略歴

  1. 森 まゆみ

    1954年東京生まれ。作家。早稲田大学政治経済学部卒業。1984年に友人らと東京で地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を創刊、2009年の終刊まで編集人を務めた。歴史的建造物の保存活動にも取り組み、日本建築学会文化賞、サントリー地域文化賞を受賞。主な著書に『鴎外の坂』(芸術選奨文部大臣新人賞)、『「即興詩人」のイタリア』(JTB紀行文学大賞)、『「青鞜』の冒険』(紫式部文学賞)、『暗い時代の人々』、『子規の音』など。

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