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進化生物学者がイヌと暮らして学んだこと

イヌと食べ物をめぐる話

 キクマルは大変によい子だったのだが、あの子はとても食いしん坊だった。と言っても、スタンダード・プードルにしては、ということで、ゴールデン・レトリーバーやラブラドール・レトリーバーなど、他の大型犬に比べれば、可愛いものである。体重25.5キロ、体高69センチのキクが歩いていると、たくさんの知らない人たちが話しかけてくる。そして、よく聞かれる質問の一つが、「こんなに大きいと、どれくらい食べるのですか?」ということだった。でも、キクはそんなに大食いではない。カップ1.5杯のドライ・フードに鶏のささ身1本、というのが定番で、これを朝と晩の2回食べる。あとは、おやつが少ーし。

 友達のゴールデンなど、もっともっと食べるし、人が食事しているテーブルにどかっと前足をのせて、人間の物を食べにくる子もいたから、それに比べれば、キクはおとなしい。

 それはそうなのだが、なぜ食いしん坊なのかと言うと、私たちがいないときや、いてもキクの方を見ていないとき、結構、いろいろなものを食べてしまったからである。そして、下の子のコギクはというと、そんなことはしないのだ。だから、キクマルの性格だったのだなと思うのである。

 もうずいぶん前になるが、夫が東大駒場の教養学部の教授をしていたころ、3号館の屋上で行う、恒例の秋のバーベキュー・パーティというのがあった。そこには、たくさんの先生や職員のみなさんが集うのだが、夫はいつもキクマルを連れていっていた。ある年、そのパーティで、焼き上がったサンマがお皿にのっていたところを、誰も見ていない間に、キクがその一匹を丸のみしてしまった! 大きなサンマだったし、骨もあるだろうし、どうなることかとみんな驚き、心配したが、キクは大満足だったようである。サンマの骨はたいしたことではないらしい。

 キクは体高が高いので、私たちの家の食卓の高さは、キクの首の下になり、食卓の上のものはみんな見えてしまう。それでも彼は、私たちがいる限り、その上のものは食べなかった。「そこはゴールデンとは違う」と本人は言いたいのだろう。しかし、たとえば、甘いパンやブリオシュなどを、食卓に置いたまま私たちが出勤してしまうと、みんなキクに食べられてしまった。夕方に帰宅すると、パンはどこにもなく、リビングの床にパンくずが散らばっていたり、キクの大座布団に粉があったりするので、ああ、そういうことかと推察するのである。「置いておく方が悪い」ということらしい。


キャンプで食事中のキクマル(7歳)。タッパーの中身は自分の食べ物と水。
このときは、同じ台上にある人間の飲食物には手(口)を出さなかった。

 しかし、いつだったかの年の瀬に起こったことは、これはひどかった。キクは、私たちが出かけている間に、12個入りのお餅のパックをどこかから引き出し、自分の大座布団の上で、そのパックを開け、さらに一つ一つがパックに入っているお餅を出して、なんと、10個食べてしまったのである!! あの例の、真空パックになっている生のお餅である。焼いて食べる前の状態のあのお餅を、キクは10個も食べたのだ! 12個あったのに10個でやめたということは、さすがにおなかが一杯になって、それ以上は食べられなかったということらしい。大量のセロファンやお餅のくずが散らばっている中で、キクが伸びているのを見たときには、もう、なんと言うか、もう……「おい、お前、大丈夫か?!」 でも、キクは平気でまたもや大満足。「ああ、食った食った」という感じで寝ていた。

 おもちゃのゴムのボールで、いい匂いのするものがあり、キクはそれを食べてしまったことがある。イヌのおもちゃにはいろいろなものがあるが、咬むときゅーきゅーなるボールは、どのイヌも大好きだ。その中で、とてもいい匂いのついている、柔らかいボールを与えて遊ばせていたところ、なんとキクは、それを食べてしまったのである。

 このときは、サンマやお餅のような食品ではないので、こちらは慌てた。どうしたらよいか、ドッグ・シッターさんに聞くと、塩を大量に食べさせるとすぐに吐くので、そうしたらよいということだった。早速、大量の塩を無理やりキクの口の中に突っ込むと、すぐにキクがぼろぼろになったゴムのボールを吐き出した。ああ、良かったと、これで一安心。

 ところで、ドッグ・シッターという職業がある。ベビー・シッターならぬ、ドッグ・シッター。我が家だけでなく、散歩が絶対に必要な大型犬を飼っているのだけれど、仕事があるので、夕方の散歩に連れていけないという家は結構あるようだ。そこで、そのようなお散歩の代行をしてくれるとともに、ときには1日のお泊まりなども面倒みてくれる、大変に貴重な人たちだ。獣医関係などの専門学校その他で、イヌについての知識を身につけた専門家で、イヌが大好き。いくつもの家のイヌたちを相手に、大活躍している。我が家も、こういうドッグ・シッターさんなしには、とても暮らしが成り立たない。

 さて、キクがボールを丸のみし、塩で吐かせた数日後、ドッグ・シッターさんがキクの夕方の散歩をさせていたら、キクがしたウンチが、地面に落ちてポンと跳ねた、と言うのである! きっと、まだゴムが残っていたのだろう。なんともおかしなことがあるものだ。ウンチが跳ねるまでになるには、まだどれだけゴムが入っていたことか。それらがすべて、何も問題なくウンチにまで至ったことに、まずは感謝したい。いろいろなことはあったものの、キクが健康でいられたのは、本当に幸せだった。

 と言うのも、友達のイヌの中には、食べ物で困ったことになったり、不幸な目に合ったりしたイヌが何匹もいるからだ。渋谷区の代々木公園周辺は、平和で品のよい地域であるに違いないのだが、それでも、毒の入った餌がまかれていたという話がないわけではない。その犠牲になったワンちゃんもいる。

 友達の黒ラブのポール君は、飼い主がいない間に、おやつの入ったガラス容器を床に落として、おやつを食べたのと同時に、ガラスの破片も飲み込んでしまった。当然ながら具合が悪くなって病院に搬送され、大手術となった。一時は本当に生死の境をさまよって、今夜が山場、などと言われた。それでも生還して全快し、元気に走り回れるようになった。ポール君、本当に良かったね。

 ところが、そのあともまた(懲りずに)、何かよくない物を食べておなかの具合が悪くなり、大手術となった。そのときも、今夜が山場、という日があり、イヌ友はみんなでお祈りした。でも、今回もポール君は全快。ああ、本当に良かったね。しかしだねえ、もう少し食べ物には気をつけるように、君も学んだら?と私は言いたい。あれ以後は、もう問題発生なしだから、学んだのかな。


2度にわたる危機を脱し、元気いっぱいのポール君(2019.8)

 さて、コギクである。コギクは、キクマルの姪の子だから、キクマルはコギクの大伯父さん。血のつながりはあるが、世代的には、じいさんと孫の関係である。キクは真っ白に対して、コギは真っ黒だったのだが、今ではからだのいろいろな部分がグレーになってきて、いわゆる、シルバーなのである。

 このコギクは、なんともキクマルとは対照的な性格だ。キクは我慢強いのに対し、コギはまったく我慢しない。キクはおとなしいのに対し、コギはめっぽうやんちゃ。小さいときは、キクに比べて、コギは本当にお騒がせの多い、手のかかる子だった。キクマル1匹だけを飼ってスタンプーとはこういうものだ、と言いたいところだったが、それは間違い。2匹飼うと、それぞれの個性というものが明らかになる。

 コギは、キクよりもずっと口で世界を把握している。まあ、そもそもイヌなのだから、鼻で嗅いで、舌で舐めて、歯で咬んで世界を把握するのは当然だ。そこは、おもに視覚を通して世界を把握している私たち、霊長類とは根本的に異なる。だから、キクマルも当然、そのようにして世界を把握していたに違いない。しかし、私たちが、ああそうなんだと、特にキクに思わせられることはなかった。

 ところが、コギクは、とにかく口周りで世界を把握するのである。なんでも咬む、舐める、かじる、鼻でくんくんする、それが徹底的なのだ。生後3ヶ月で我が家にやってきた当初は、うちにある何でもかんでもを、コギは舐めてかじった。テーブルの上に置いてあったリンゴはもちろんのこと、花瓶に生けてある花も、造花も、置物も、私の靴も、夫の傘も眼鏡も、本も新聞も……。

 ある日、うちに帰ると、コギの周囲に生け花がばらばらになって散らばっている。オーストラリア土産のアボリジニーの木彫は、足と尻尾がかじり取られて無残な残骸に。私がラオスで買ってきた、日本の「なまはげ」の祖先のようなお人形は、縄で作った髪の毛部分がぼさぼさにかき回されている。私のサンダルはぼろぼろ、夫の傘の柄もむしり取られ、という具合だ。キクは、こんなことはしなかった。


コギク(生後5ヶ月)、留守番中のいたずら。
新聞・新書・タワシ等がかじられて散らばっている。

  ところが、コギクは不思議なことに、キクのように食べ物を盗み取ることはしないのである。コギだって食べ物は欲しがる。セロファンがくしゃくしゃいう音がすると、おやつをもらえるかもしれないと思って、すぐに跳んでくる。でも、ごめんね、これはおやつじゃなくて、新刊雑誌の包装を開けているところなのよ。しかし、コギは、キクのように、人が見ていないところで食べ物を盗み食いする、ということはないのだ。

 目の前の欲求に対して、どれだけ自己制御できるか、という心理学のテストがある。マシュマロ・テストとも呼ばれている。子どもを実験室によんですわらせる。机の上の皿にマシュマロなどのおやつが置いてある。実験者は、「このマシュマロを君にあげよう。私は用事があるのでこれから出て行くが、15分間、このマシュマロを食べないでいられたら、私が帰ってきたときに、2個目をあげるからね」と言って、出て行く。

 さて、こんな実験に駆り出された子どもはどうするか? マシュマロをわざと見ないようにしたり、歌を歌ったりと、注意をそらそうとする。短期的な利益を我慢して、長期的な利益をめざすことができるかどうか、というテストなのだ。このテストでは、その後の追試も含め、確かに目の前の報酬を我慢できる子とできない子がいることは明らかだった。そのことが、彼らの将来にわたって影響を及ぼし、我慢できた子は、できなかった子よりも学習成績がよい、生涯年収が高い、などという結果が得られた。しかし、その後の研究では、「自己制御」というこのことが、直接に将来の成功を決めているわけではないことが明らかになったようだ。

 それはさておき、キクやコギの目の前におやつを置き、「待て」の指令を出す。時間が刻々と過ぎるうちに、だんだんと我慢ができなくなるのは、ヒトもイヌも同じ。そこで、「待て」の指令の解除がなくても、どうしても我慢できなくて食べてしまうかどうか。このテストでは、キクは待てたが、コギは待てない。そうであるにもかかわらず、キクは盗み食いをしたが、コギはしない。このおもしろい違いがどこから来るのか、私はまだよく説明できないでいる。

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著者略歴

  1. 長谷川 眞理子

    総合研究大学院大学学長。専門は行動生態学、自然人類学。野生のチンパンジー、イギリスのダマジカ、野生ヒツジ、スリランカのクジャクなどの研究を行ってきた。現在は人間の進化と適応の研究を行なっている。著書に『クジャクの雄はなぜ美しい?』(紀伊国屋書店)、『進化とは何だろうか』(岩波ジュニア新書)、『ダーウィンの足跡を訪ねて』(集英社)、『科学の目 科学のこころ』(岩波新書)、『世界は美しくて不思議に満ちている ―「共感」から考えるヒトの進化』(青土社)など多数。

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