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進化生物学者がイヌと暮らして学んだこと

始まりはネコ

 人間はペットとしていろいろな動物を飼っている。しかし、もっとも数が多くて人気があるのは、何と言ってもイヌとネコだろう。2018年の「全国犬猫飼育実態調査」(一般社団法人ペットフード協会)というものによると、日本にはネコが推定964万9000匹、イヌが890万3000匹というから、これはすごい。

 中でもイヌは特別な存在だ。人はイヌと親密に心を通わせ、イヌもそれに応えてくれるように感じる。ネコも、人と親密な関係を持つとは言えるが、イヌとネコを比べると、やっぱりイヌは違う。それは、ネコがあくまでも単独性の動物であるのに対し、イヌはそもそも社会生活をする動物であるというところに起因するのだろう。

 今の私と夫は、スタンダード・プードルを飼っていて、大のイヌ好きなのだが、私たちと最初に長く生活をともにしたのは、イヌではなくてネコだった。

 私と夫は、動物の行動と生態を研究してきた。夫は心理学、私は自然人類学の出身で、野生のニホンザル、アフリカのチンパンジー、伊豆シャボテン公園に放飼されているインドクジャクなどを一緒に研究した。私は、そのほかに、イギリスのダマジカというシカ、スコットランドの孤島に住む野生ヒツジ、マダガスカルのキツネザルなども研究したことがある。

 心理学も自然人類学も、究極的にはヒトという生物の性質について知りたいので、私たちは、ヒトが属する分類群である霊長類を研究することから始めた。人類の系統とチンパンジーの系統が分かれたのは、今からおよそ600から700万年前のことである。600万年は長い年月だと言うものの、現生の動物の中でヒトともっとも近縁なのはチンパンジーなのだ。だから、チンパンジーの研究から、ヒトについて何かがわかるに違いないということである。

 私たちは二人とも、動物の行動を研究したかった。そして、実験室の中で動物に対して操作を加えて研究するよりも、野生状態の動物の行動を研究したかった。そこで、学部のときから千葉県に生息するニホンザルを観察し、大学院では、アフリカ、タンザニアに生息する野生チンパンジーの研究を行なった。

 アフリカでは、タンザニアのタンガニーカ湖の湖畔に住んでいた。電気なし、ガスなし、水道なし。私たちの家は、現地式の泥壁の家で、トタン屋根が拭かれていた。天井は張っていないので、雨が降るとトタン屋根にあたる雨音がすごくうるさい。原野の真ん中なので、周囲に動物がたくさんいる。そして、お米など置いておくとすぐにネズミが来た。

 そこで、私たちの家の雑用をしてくれていたアフリカ人に、ネズミ退治のためのネコを手に入れてくれと依頼した。すると、二つ返事で引き受けてくれた彼が数日後に持ってきたのは、ポケットに入るくらい小さな子ネコだった。こんな子ネコでは、とてもネズミ退治の即戦力になどなってくれそうもない。しかも、とっても可愛くて愛らしい。結局、私たちが餌をやって大切に育てることになり、ネズミの被害はいっこうに減らなかった。

 このネコには、アビシニアという名前をつけた。通称アビちゃんは、よく木登りをするのだが、登る一方で、降りることができない。パパイアなどの、枝がまったく生えていない、すーっと1本の幹をするすると登るのはいいのだが、降りられないので、上の方でニャーニャー鳴いている。そこで、私たちが、わらで編んだカゴを竿の先につけてアビちゃんの下に差し出し、「ほら、飛び降りて!」とせかすのだが、恐いのか、なかなか飛び込まない。こんなことに小一時間もとられたりし、いったい何をやっているのだか。

 また、アビは、よく家の梁の上に上って、そこで寝てしまうことがあった。天井がないので、幅20センチくらいの梁がむき出しになっている。高さは、3メートルくらいあったろうか? いくら小さな子ネコだと言っても、梁は20センチほどの幅しかない。危なっかしいこと限りないのだが、そこは、涼しいから気持ちよかったのかもしれない。ある時、本当にぐっすり寝てしまったのだろう、私たちの仕事机の上にドタンと落ちてきた。ネコだからか、無事着地できたので良かった。

 家の庭には、いろいろな動物がやってくるが、野生のチンパンジーもときどきやってくる。そういうときは観察の絶好のチャンスなので、休みの日でも、すぐに観察に出かけて行く。チンパンジーのおとなの雄は大変に力が強く、また、時として凶暴になる。そして、彼らは肉食をするのだ。小さなサル類や有蹄類を捕まえて食べるのである。

 ある日、庭にチンパンジーたちがやってきたあと、アビちゃんが見つからない。もしかして、チンパンジーたちに捕まってしまったかもしれないと、私は恐怖に陥った。「アビー、アビー」と呼んで庭と家を探しまわったが、返事がない。心配で泣きそうになったところで、家の上の方からかぼそい声が聞こえた。アビは、この騒ぎの間中、梁の上でずっと寝ていたのだ! なんともお騒がせなネコだった。

 アビは、私たちがアフリカを去ったあと、次の研究者に引き継がれ、何匹もの子どもを産んで天寿をまっとうしたとのことである。

アビアフリカ、タンガニーカ湖畔の家の庭で。アビちゃんと「闘牛ごっこ」に興じる長谷川眞理子先生
(撮影:長谷川寿一先生、以下同

 1982年の6月、アフリカから帰った私たちは、東大の本郷、龍岡門近くのマンションに住み始めた。そして、1983年3月、東大の保健学部のゴミ箱周辺で拾ったのが、ネコのコテツくんだった。まだ生後3ヶ月ぐらいの小さな子ネコで、なぜか声が出ない子だった。口を開けて「ニャー」という格好をするのだが、声にならない。鼻水をたらして惨めな様子で、明らかに保護を求めていた。私は、瞬時に子ネコを抱き上げ、コートのポケットに入れて帰った。マンションで夫にネコを見せると、「あ、こいつ、昨日は本富士署の前にいたよ」と言う。かわいそうだから、頭をなでてやった、とのことだ。

 そのマンションではペットを飼ってはいけないことになっていた。夫はそれもあって、頭をなでただけで置いてきたということだが、私は拾ってしまった。一つには、声が出ないようなので、飼っても見つからないだろうと思ったからだ。事実、コテツはその後何年も声が出なかった。とても毛並みのきれいな黒白の子で、きっとどこかで飼われていたに違いない。捨てられたのか、逃げてきてしまったのかはわからないが、根っからの野良ではないようだった。

 コテツという名前をつけたのは、日本から送ってもらってアフリカで愛読していた、「じゃりん子チエ」の漫画がもとである。あの漫画はずいぶん楽しんだが、チエちゃんのうちのネコの名前がコテツだ。

 当時、私たちは、博士論文執筆の真っ最中だった。私は、東京大学理学部人類学教室の助手という職についたのだが、夫は、まだ東京大学文学部心理学教室の院生で、職がなかった。当座の生活費はあったものの、私が助手なのに自分は無職ということで、あのころの夫はかなり荒れていた。そこに、か弱い子ネコが来たのである。プラスチックのトイレと砂、餌と水を入れるお皿、首輪、ドライフード、おもちゃ、薬などなどを買い、鼻水をたらしているので病院に連れて行き、と世話をしてあげる間に夫の精神状態は良くなった。コテツくんに感謝である。

 長谷川眞理子先生とコテツくん(1984年)
コテツくんと(1984年)

 それからしばらくして、私たちは、私の両親の住んでいた家を改造して2世帯住宅にしたところに移り住んだ。私たちの居住区は2階だった。コテツは、時々とてつもない勢いで階段を駆け上がり、上りきると、さて、何をしにきたのだっけ?という顔をする。とてもいい子だったが、私たちのソファの側面の一つで爪を研ぐことを覚え、どうしてもやめさせることができなかった。おかげで、その面だけはひどいボロボロ。

 1階の玄関からつながっている私の両親の居住区にもしょっちゅうお邪魔し、うちの母に可愛がられていた。父が食べたあとの焼き魚の残りをもらったり、チーズをもらったりしていた。シャムネコか何かの血が4分の1ぐらい入っているのか、顔も完全に日本ネコのようではないし、脚の長い大柄なネコだった。母が甘やかして食べさせるので、最盛期には5.5キロあった。

 寒くなると、夜寝るときに私のベッドにはいってきた。こちらも寒いので歓迎なのだが、朝目が覚めると、必ずコテツがベッドのど真ん中に寝ており、私はすみに追いやられ、今にも落ちそうな具合だった。

 コテツくんとはよく遊んだ。紙を丸めて小さな玉を作って投げてやると、空中に跳んでキャッチする。そして、床に落ちた玉を、まるで獲物かなにかのように手で転がしたり、それを追いかけたりして、一人で遊んでいる。私がドアのうしろに隠れると、すぐに忍び寄りの体勢になり、しっぽを振って、獲物に襲いかかるかのように、ドアに向かってくるのだ。しかし、年を取るとともにあまり遊ばなくなり、寝ていることが多くなった。それは、どんな動物も同じである。

 コテツは、2002年の夏に老衰で亡くなった。遺体は伊豆の別荘の庭に埋めた。拾いっ子なので正確な年齢はわからないが、20歳に近かっただろう。私たちが博士号を取得し、大学の助手になり、助教授になり、教授になりという、人生の大事な部分を全部見ていたネコであった。

 こんなに長い間を一緒に過ごしたので、コテツが亡くなったときは、本当に悲しかった。電車に乗っていても、道を歩いていても、ときどき思い出しては涙が出てくることがあった。ずっと喪中ということで、家の中が暗くなった。

長谷川眞理子先生とコテツくん(2002年8月)
晩年のコテツくん(2002年8月)

次回「キクマルが来る」、10月25日に公開予定です!
どうぞお楽しみに!

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著者略歴

  1. 長谷川 眞理子

    総合研究大学院大学学長。専門は行動生態学、自然人類学。野生のチンパンジー、イギリスのダマジカ、野生ヒツジ、スリランカのクジャクなどの研究を行ってきた。現在は人間の進化と適応の研究を行なっている。著書に『クジャクの雄はなぜ美しい?』(紀伊国屋書店)、『進化とは何だろうか』(岩波ジュニア新書)、『ダーウィンの足跡を訪ねて』(集英社)、『科学の目 科学のこころ』(岩波新書)、『世界は美しくて不思議に満ちている ―「共感」から考えるヒトの進化』(青土社)など多数。

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